やす味掲示板

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剣周回スキーツァー - と
2018/04/25 (Wed) 12:20:51
3月末にたま君と野沢に行ったのが着火材になって、スキー熱また再燃しまして、週末ちょっとしたことしてきました。いやはや今までの山行で一番の厳しさだったかもしれません。
スキーはゲレンデが、一番です(笑い)。

行程は次の通りです。

土曜日
室堂~雷鳥沢キャンプ場 スキー滑走
雷鳥沢キャンプ場~剱御前小屋 スキー登山(泊)
日曜日 6時過ぎスタート
剱沢~二股 スキー滑走
小窓雪渓スキー登山
小窓のコル~西仙人谷~白萩川~馬場島スキー滑走午後4時到着

5年前ヨーロッパアルプスど真ん中120キロ縦走というオートルートを完走して、満足感が出てしまい、すっかりご無沙汰していた山スキー。
昨年、多賀谷ガイドや、友人が、剱岳周回ツァーで、パウダースノーを堪能したと聞き及び、羨ましくなり先週初めに今年行かれますかと聞いたところ、週末同じコースお客さん一人いるので、行きますよとのこと、そこで、急遽参加させてもらうことになりました。

前日スキーを取り出してみると、エッジに錆が着いている、これはいかんと慌てて、サンドペーパーや錆取り液を使って手入れし、ワックスがけをしました。
シールにも入念にワックスで手入れ。
現地では、軽量金具の、TLTの使い方も、忘れてしまっていて、着脱や金具調整に一苦労。
スキー靴は、滑走時と歩くときと、レバーを換えないといけないことすら忘れてしまっている、やばいやばい。
山スキーのみならずスキーは昨年が0。今年もゲレンデスキーは正味2日ほど。それでも従来のように滑れたので、何とかなるだろうと高をくくっておりました。
しかし、日本の山での山スキー、特に剱周辺のワイルドな山スキーは全く状況が違っておりました。

さて、土曜日、9時半頃に立山駅に到着すると車で満杯。一番端っこの第三駐車場にかろうじて車を止めることが出来ました。中国語が飛び交う待合室で待つこと約1時間半、10時50分発のケーブルカーに乗車しました。
室堂は晴天に誘われて、台湾人を中心とする観光客やスキーヤ-、ボーダー、登山客が大挙して押し寄せておりました。
例年のゴールデンウィーク並みの大人気。
多賀谷ガイドは、立山黒部アルペンルートは、観光客重視で、登山客は歓迎されないんだよとぼやいておりました。
県からもっと早く開けないのかと言われ、立山の厳しい状況をわかっているのかという山小屋関係者の声がTVで紹介されておりました。
案の丈、開通初日は、荒天でバスは運休する羽目に。

土曜日の予定は、剱御前小屋までなので、「みくりが池温泉」で、ゆっくり昼食をとり、まずは雷鳥沢キャンプ場まで、滑り降りました。キャンプ場には、カラフルなテントが並び、向かいの雷鳥沢には、これから登る人と滑走してくる人など思い思いに春スキーを楽しんでいる人で一杯。
大日岳は雪庇がものすごい。

この日宿泊の剱御前小屋は、4月28日がオープン日。
今回特別に泊めてもらうことが出来ました。
今回同行したT君は、前夜駐車場泊、4時から切符売り場に並び、6時始発に乗って朝9時には剱御前小屋に着いて、別山へ登って、真砂沢を滑ってきたとか。いやはや凄い気合いの入れよう。
T君まじめな顔つきのサラリーマンだけど、話の端々にいろんな遊びをし、あちこちに旅行に出掛けて独身生活を謳歌していることが窺える。とと、スキー板も一緒、カメラも一緒(しかも、彼は交換レンズ3本持参)、しかも旅好き、もしかして同類人種?
小屋は館内中ストーブをがんがん焚き、天井にたまっている氷を溶かしている。木曜日から、晴天3日目、剱が夕陽で染まる。

日曜日は、長丁場。
楽しみにしていた剱沢の長大な雪渓は、朝早かったので、アイスバーン状態で、スキーが想像以上にピューと走り、軽い幅広の山スキー板では調子に乗るとすってんころりん。
しかもザックが8㎏くらいあるので、いったんこけると起き上がるのが一苦労。

滑るにつれ雪がゆるんできて、平蔵谷、長治郎の雪渓、源治郎尾根などを見ながらゆっくり滑り、仙人池ヒュッテにあがる分岐点の二股に到着。
他には誰もいない、正しく剱岳独り占めです。

二股から目の前に三の窓の雪渓が広がる。目指す小窓雪渓は、途中で分かれて進む。
前日は久しぶりだったので、息が上がりそうでしたが、この日は、順調に小窓のコルに到達。途中有名なチンネの岩壁が左手に見える。ここは多賀谷さんの仕事場。

さていよいよ今回のメインイベント、西仙人谷滑降。
まずは、50~60M続く約40度の壁。こけたら前方に控える左右の岩に激突必至。幸い雪はゆるんではいるものの、とは多賀谷さんにザイルでつないで貰って、おそるおそるずるずると横滑りで必死の思いで、滑り降りました。
そのあとしばらく快適な滑りが出来たのもつかの間、巨大なデブリ帯が出現。まるでロデオのようになりながら、必死に進む。多賀谷さんはそんな中をすいすい進む。漸くそこを抜けて大窓からの白萩川に合流。しかもここも状況は変わらない。白萩川の雷岩下部では、雪渓がところどころ割れ始め、途中二か所は、岩壁に人一人がかろうじて通れるくらいの箇所を通過。
このコース、下りより登りがよほど楽だ。

有名な池の谷ゴルジュは、泥や岩で、真っ黒になっている。
スキーを脱いだりつけたりしながら、漸く白萩川堰堤に到達。
そこから馬場島までもスキーをつけたり、脱いだりしながら蕗の薹や桜が咲き始め、春らしい景色が漂う馬場島に着いたのでした。
年寄りにはオーバーワークもいいところ。月曜日から階段の上り下りがあいつつ、あいつつです。
野沢詣で - と
2018/04/04 (Wed) 21:39:19
さてさて、昨年は、長年楽しんできたスキーが0。今年も約2時間立山山麓で、新雪滑りを楽しんだだけで、
おしまいかと思いきや、テニス&スキー仲間のK君から、3月30日、31日「いけしょう」が2部屋予約出来たので、行きませんかとのお誘い。
そこで、4月から6年生になるたま君と二人で出かけました。

約35年間通った野沢温泉。
野沢は数々の思い出が詰まった、わが家の第二の故郷とでも言うべき場所。
35歳くらいの時にスキー教師のブッチャンと知り合い、野沢に始めて出かけて、野沢の魅力の虜になりました。
大学時代の友人家族や高岡の友人家族などを誘い、野沢の冬を堪能してきました。野沢の町並みのみならず、そこに至る、新井から飯山までの国道292号線沿いの富倉部落などの豪雪地帯がまず他に無い景色。飯山に降りると、千曲川に沿った野沢までが日本の原風景とも言うべき懐かしい風情が何ともいえないんです。
ここから見える木島平スキー場や戸狩スキー場は、ポコさんが学生時代にそれぞれ一冬バイト籠もっていた。

ぶっちゃん先生からスキーの上達の見込み無しと破門されてから(笑い)、出かけるようになった「いけしょう」と「住吉屋」。
野沢には、ブッチャン先生の定宿の「○一屋」しかないのかとも思っていたのに、まったくの別世界がありました。
若い時から、スクールのコーチをしていたK君と「いけしょう」さんで、「失われた30年を返せ」と言いたいねと冗談をかわしました。

「いけしょう」さんは料理が益々充実。とはこれまで泊まった宿で、出された料理を残したことがないのが自慢だったのですが、今回は連日、2,3品食べ残すという不覚。ほんまに多すぎです。これで、9200円とは。
宿には、お風呂はありませんが至近距離に、名湯「熊の手洗い湯」があります。
野沢はどこも熱いのですが、ここは、温いのと熱いのが両方ありますので、村の端っこにあるのに最近は人気が出てきて、いつも満員。2年前に建て替えられて随分綺麗になった。

村の蕎麦屋の「良味」のなめこ蕎麦とカツ丼がとにとっては欠かせない野沢の味。今回も、日曜日半日でスキーを切り上げて、熊の手洗湯で汗を流して、この二つをタマ君と半分こしながら、舌鼓をうちました。

スキー場は、連日綺麗にピステンされていて、この時期としてはまことに滑りやすい
名物コースのスカイラインは下まで滑り降りることができました。

土曜日は結構冷え込んでいたものの、日曜日は、5月並の暑さで、Tシャツ一枚で滑っている外人さんや若者があちこちにいました。

土曜日午前中申し込んだスキースクールは、春休みなので、子供達で超満員。町と言えば風情ある大湯通りは大賑わい。これも大資本の参入を許さず、村ぐるみで町やスキー場を守ってきた賜ものなんでしょう。

土曜日は、12時にスクールが終了するタマ君に落ち合う予定が、スカイラインを滑り降りて、まだ時間があると思って再び長坂ゴンドラに乗って上部に着いたのが、11時50分過ぎ。
スワッと日陰ゲレンデまでノンストップで、降りるという体力テストをする羽目になりましたが、なんとか、12時前に到着できました、やれやれ。

タマ君は、2日間とも、下山は林道とどっちにすると聞くと、果敢にもチャレンジを選択して、何とか、滑り降りてくれました。
タマ君はウェーブに大喜び。子供に遊びの要素は欠かせませんね。

やっぱりスキー楽しいです。
Re: 野沢詣で - きはら
2018/04/19 (Thu) 04:55:18
そのぶっちゃんはOさんとともにシャモニーで楽しんできたみたいですね~(笑)
徳川家康は平将門の子孫に間違いない - うさぎ777
2017/11/14 (Tue) 07:43:03
徳川家康は平将門の子孫に間違いない

http://park.geocities.jp/jpcdebate/0203/p039.html#page266

「豊田城」が、なんと将門の拠点だった。

( http://sky.geocities.jp/datepedia/02/update.html )

( http://park.geocities.jp/jpcdebate/0103/p036.html )

( 個人的意見 )
雲の平と高天原 - と
2017/09/30 (Sat) 23:09:03
最近放送されたNHKBSプレミアムの日本「トレッキング」。その秘境編で堂々の一位が、富山県の「雲の平」でした。

との山登り手帳には、秋分の日の紅葉見どころは、その雲の平とあります。そこでいそいそとでかけてまいりました。
いやはや、紅葉がドンピシャリ。しかも、天気は、8月の悪天候は御免なさい、9月は努力しましたといわんばかりの好天続き。やっぱり山はこうでなくっちゃ。

土曜日、朝5時40分、有峰林道ゲート到着。しかし、なんとこの時点で、すでに約30~40台が並んでいました。こんな光景かってみたことない。約50分後につ
いた駐車場は、満杯状態。わー人気あるじゃん。

登山口の折立からは、薬師岳登山や、黒部五郎岳などの黒部源流巡りコース。雲の平、高天原などの雲上の楽園コースなど山好きなら、垂涎のコースが目白押し。

約35年前に始めてバスで出かけたことがあります。そのときは、道が細くて、崖からバスが落ちてしまうかもと心配したほど。しかし、いまや、トンネルがめちゃめちゃ増えました。おかげで通行料は1900円にアップ。それで、今回も、2か所で、最大10分の片面通行があるほど、がけ崩れが頻繁に起きてます。落石はカモシカが落とすこともあるそう。

初日雲の平に直行。一年に一度は訪ねたい木造建築の粋を集めた素敵な建物。薬師沢の急登を越えて台地に辿り着いた後は、紅葉越しの水晶岳を眺めながら、黄色と赤の中、木道を進みました。
夜中目が覚めると、寝床の上に窓があって(この小屋はこんな工夫が凝らされているのです)、星が見えました。2Fのベランダにでてみると、満天の星がこぼれんばかり。

翌朝は、みんなが出払った後のんびりしていたらマスターが2年前に訪ねたことを思い出してくれて、美味しい珈琲を入れてくれました。朝の音楽は、2年前はカザルスのバッハ無伴奏がながれていました。今回はクライスラーのバイオリン小品集が優しい音を奏でてくれます。

「なにかかけますか」と問われてエネスコのバイオリンありますかと訪ねると、「私も大好きです」といって、LPレコードをかけてくれました。アナログの音は、実に心地いい。エネスコの味わいがひときわまします。

食堂の窓からは真ん中に笠ヶ岳、左右に三俣蓮華と黒部五郎がギリシャ庭園越しに眺められます。何とも贅沢の空間のなかであれこれおしゃべり。
マスターに、高天原に行くなら、高天原峠越えが紅葉綺麗ですよと教えていただきました。

そうだった、ここでした。約35年前に一度通って素晴らしいナナカマドを見た場所がこのコースの中間地点でした。今もそのときと変わらず赤と黄色が庭園の様に秋の陽射しに乱舞していました。

分岐点で若者に「高天原へ行くなら温泉だけじゃだめですよ、竜晶池に絶対行ってください。」と諭されました。竜晶池はいやはや素晴らしかった。この近くの夢の平は、薬師岳が素敵に見えました。

沢の中の露天風呂で明るい秋の陽射しを浴びながら、2~3人でゆったり山談義をあれこれ。宿に帰ったらお約束のビールを傾けながら、水晶岳の色の変化を愉しみました。

今回の紅葉ベスト3は、竜晶池と、前述の高天原峠~雲の平間と、高天原小屋から温泉に向かって歩き出した斜面。

35年前に高天原に来たとき、朝湿原に陽が差し込んだ瞬間、草紅葉の霜が次々に光輝き、カメラを持ってきょときょとになって光を追いかけたことがありました。

待つこと1時間半。7時45分頃湿原の向こうから陽がやってきました。湿原に達するまでは遅いけれど、降りた後はあっという間に光が押し寄せてきます。
慌ててシャッターを、4,5回ぱちぱち。そこで無情にも電池が切れました。一枚も取れなかったら洒落にもならない。あらかじめ、美人の草をチェックしていたはずなのに、陽が来たら、それどころでなくなり、手当たり次第ぱちゃぱちゃ。

カメラが無くなったので、帰り道は大東新道にて、黒部川上の廊下の清冽な激流を目と耳で愉しんで来ました。

富山の山は素敵です。みんな来られ。
立山三山と剱岳 - と
2017/09/30 (Sat) 22:41:00
台風一過の9月19日は全国的に晴れマーク。
とは、仕事の予定を変更して、それっと立山方面に向かいました。

その日の朝剱沢小屋の予約ができたので、久しぶりに剱岳別山尾根から剱岳登頂と考えました。
しかし、カメラを忘れるというちょんぼで出足でつまずいたため、一番ケーブルに乗れず、剱は時間的にきつくなってしまいました。一服剱でも、前剱でもゆけるところまでとも思ったけれど、折角の晴天は、3000mの稜線散歩に限ると、立山三山縦走に切り替えました。一之越からは立山名物の強風がビュンビュン吹き始めました。

山は、ナナカマドが本格的に赤くなっていないものの、草紅葉の赤や黄色など秋色に染まり始めていました。この日の朝は、室堂で2度しか無くて氷が張っていたとか。

平日にも関わらず、雄山までは大混雑。雄山から先はめっきり人が少なくなり、快適に稜線漫歩を愉しんできました。
別山に向かう途中、トレランの若者二人が、走っておりてきました。なんと、称名滝口登山口から、大日三山を越えて、立山三山を越えて、八郎坂を下りてふり出し戻るのだとか。「今日は天気いいから気持ち良いです。」という言葉が、なんとも清々しい。私も、4,5年前には称名から、大日三山を縦走して、立山三山も行けそうかなと、思ったのですが、残念ながら、思っただけでした。それからバスにも乗らず、一気に八郎坂を下りて、下界までとは、凄い。

私が、三山縦走で特にお気に入りは、別山と剱御前の間のスポット。右手には剱岳が、手前のカールがはいる雄大な姿を見せ、他方左手には、立山三山が立体的にダイナミックな姿をみせる場所です。

今回改めて感心したのが、剱沢小屋の立地。「雪と岩の殿堂」に相応しい。

2時半についたので、小屋の前でアサヒロング缶を片手にして飽かずに眺めておりました。
そのうち薄雲が微妙に変化を始め、何とも楽しい。アイスランドのオーロラやパタゴニアのフィッツロイを想起しました。

剱沢小屋の食事がまたいい。この日の夕食は、立派なとんかつに具たくさんの豚汁など。ここと、雲の平山荘、北穂の小屋がおきに入りです。
小屋には平日自由な人達、即ち私たちの年代の人達で一杯。
予定もまた優雅。剱沢小屋から、仙人池ヒュッテへ行った後は、真砂沢小屋までしか戻らないとか。剱沢小屋で、二泊して、次には1時間の行程の剱御前で一泊、
さらに室堂で二泊とかの御仁も。

それに引き替え私の方と言えば本日は午後から予定があるので、朝6時過ぎに小屋を出て、室堂10時発のバスを目指しましたが、9時20分発に悠々まにあったので、亀ヶ谷温泉で一汗流してから出勤できました。

4年前には、3015Mの大汝小屋から、8時始発でご出勤。まさしく富山の地の利です。と言えば聞こえはいいが、相変わらずのあくせくぶり。
それでも、ぱっと出掛けて青空をバックにした剱岳の偉容をたっぷり堪能でき秋色もちょっぴり楽しめたので、大満足です。

立山頂上から出勤とか、剱岳から出勤というのは、そうそう無いだろうと、勝手に気にいっています。
甲斐駒黒戸尾根 - と
2017/09/30 (Sat) 22:33:14
お久しぶりです。

話題はスミマセンがやはり山です。

とは、高校時代の友人と8月下旬山梨県の甲斐駒黒戸尾根に出かけてきました。
このコース途中の七丈小屋の管理人に、花谷ガイドが今年からなられたので、一度は訪問したいなと思ったからです。彼はまことに好青年、いまや日本の人気ガイド、
かってバリュエーションルートの剣岳北方稜線を御一緒したことがあります。

深田久弥が、百名山の中では、最も困難な登りではないかと言った黒戸尾根。海抜約800mから約3000Mは、ほぼ剣早月尾根と同じです。
このコース、中間地点の笹平まではまことに綺麗な山道の快適な樹林帯歩きが続くのですが、刃渡りの結界を越えると、梯子と鎖場の連続で、がらりと様相が一変します。10mくらいある梯子や、殆ど直角に近い梯子に、足場に迷う鎖場が難所。梯子が約20か所、鎖が約10か所、通いなれた早月尾根より緊張する箇所が多いと感じました。七丈小屋は、ほぼ通年営業なので、冬場や、春先にも登山客が訪れます。しかし難所で、今年は春先雪がある時期に二人滑落死。

このコース、開山して200年ですが、このコースの厳しさにひかれて修験者が山ほど訪れた模様。コースのあちこちに石仏や石碑があります。しかし、余りにも厳しいコースなので、講には発展しなかった。

今回、コース途中の刀利天狗という場所で、なんと熊野古道の千日回峰を初めて達成した柳沢慎吾さんに出会いました。
柳沢さんのことをパラッと見てみると、千日回峰はやはりとてつもなく凄いことのようです。
48キロの山道を、年間143日間連続を8年間続ける。午前0時30分出発。15時30分帰寺。掟は「中断は切腹」。従って白の死装束。

柳沢さんは、千日回峰の後も、いくつかの荒業に挑んでおられます。それ自体何かを掴みたい一心だったと思いますが、どんな世界を観られたんでしょう。

柳沢さんや、2番目の達成者塩沼さんの言葉を拾うと「ある種の精気レベルの波動を感じる」「ゾーンのような」とか。あるいは、極限まで行くと「今生きていること自体への感謝の念と生きていることは回り中の支えのお蔭だから、その恩返しの念と」ふつふつと沸き上がるようです。
「ゾーン」は私も、テニスの試合で感じたことがあるなー。あのロイヤルオープンの決勝戦とか。私の数少ない体験では、周り中が静寂に包まれ、頭と心と体が一体に動く世界。ホントにあの時は、テニスボールが、バレーボールほどに見えた。しかし、写真では、私はまだぎんぎら銀、かたや柳沢さんは仏様。

今回前夜甲府に一泊しました。
甲府では居酒屋「くさ笛」を訪ねました。「くさ笛」は居酒屋評論家太田和彦や「ダンチュウ」が取り上げています。「くさ笛」の女将さんにもある種の「悟り」というか透徹した生き方を感じます。「喜寿」になっても、未だに山に入って山菜や茸を採ってきて、51年間毎晩お客さんを喜ばせる。
東京オリンピックに店を開いたので、次の東京オリンピックまではしますとのこと。

隣の客が我々の会話を聞きつけて「黒戸尾根なんてきついところは、俺は毛頭行かん、やめときなはれ」と言ってきた。一度会ったら友達という状況も女将さんの醸し出す雰囲気なんでしょう。
今度戴いた「ハナビラタケ」はこれ。これらをおかずに棚に並んだ甲斐の銘酒を次々に飲み倒しました。山梨の日本酒が意外においしかった。
七丈小屋の元小屋番の田辺さんも小屋にあがってこられました。夕食後田辺さんから、いろんな苦労話や裏話を聞かせて貰いました。
20年間一年360日、余り人のこない小屋に籠もり、本来の登山道のみならず黙々と新しい登山道を整備する。これも大変な業ですね。

世の中、いろんな達人がいるもんだ。我々凡人は、たまにこんな人達に偶然出会えるだけで楽しい。

くさ笛と黒戸尾根お勧めです。と言っても、前者はともかく、黒戸尾根はそれなりのお覚悟を。
寒くなりました - のりぃ
2016/11/02 (Wed) 16:43:12
大変ご無沙汰しておりました。
11月から献立が復活してよかったです。
東京も急に寒くなり、お鍋料理が活躍です。
今夜のうちの夕飯は、おでんです。
あー毛勝山 - と
2016/09/12 (Mon) 21:20:52
剱岳の北側に、そびえる毛勝三山の毛勝山、釜谷山、猫又山。富山県にいると、晴れた日には、いやでも、この三山が目にはいります。

いずれも標高2400M位ながら、富山県七大河川の片貝川、早月川の源流です。明治時代にここを見てこれは川じゃなくて滝だといった外人学者さんがいました。当然山も急。そして熊の一大棲息地です。

この辺の山域で、山菜採りに励んでいた友人は、余りにも熊に遭遇するので、最初は爆竹を使っていたけれど、山火事を恐れて、車の発煙筒を持参して、一〇数本を使ったとか。この友人は、アフリカの最貧国のシュラレオネの支援活動をしていて、二年前にバザー用の山菜を採りに行って、還る途中、渡渉中に激流にさらわれたのでした。慰霊登山に参加して、南又支流の事故現場まで出掛けましたが、まことに、山が原始的で、いつもいっている北アルプスの登山道は、高速道路のように感じられました。この山域で、山菜取りの人達が、道迷いしたとか、熊に襲われたという記事がたまにありますが、充分にあり得ることです。

さてさて、8月21日、毛勝山に出掛けました。
年に一回の高校時代の友人との恒例行事。
いくつか、提案した中で、食いついてきたのが、毛勝山。これまで、栂海新道や西穂~奥穂、赤牛岳と温泉沢の頭、針ノ木古道などマニアックな山歩きをしてきました。友人は関東周辺の山はくまなく歩いているのです
が、やや高度に弱いので、比較的低山を選択した次第。

毛勝山は、今は昔、ぺこさんと、との姉夫婦と6月初旬に雪渓コースを上り詰めたことがありました。アイゼンもピッケルも無しの向こう見ず登山。とは、頂上で、脚がつって、寝っ転がっておりました。おかげでいまだにぺこさんから、あんたあんときひっくりかえっとったやろいわれております。帰りの雪渓の尻セードで、姉が止まらなくなって、旦那さんに身体で止めてもらったっけ。
ほんまにめくら蛇に怖じずとはあんなことやちゃ。
その頃は、この雪渓コースが、一般的だったのですが、最近、地元登山会によって尾根道コースが開発されたのです。

今回は、その尾根道コースです。
8月21日は折から、関東地方に台風一〇号が接近中で、誠に蒸し暑くて、高温多湿の日。

魚津駅前のホテルで、四時半に友人をピックアップして、登山口の片貝山荘を目指しました。馴染みのない魚津駅前の道にもたもたして、ようやく正しい道を直進して、東又のがたがた道を、越えて登山口へ到着しました。折から2,3台の車が到着したところで、熊多発地帯へ向かうには我々だけじゃなくて良かった、良かった。マッチョなあんちゃん達が記念写真を撮っている。

最初から崖のような急登、途中あちこちにロープがぶら下がってました。高度がぐんぐん稼げるので、有難いと生意気な事をいっていたら、七〇〇Mという低地からのスタートなので、汗が滝のように流れおちてきました。

最初の標高300Mの崖登りは、なんとかコースタイム通りの一時間弱でした。頂上までの標高差は、約1700M余り。日帰りの為には、一時間300m登るペースを維持しないといけません。ところが、先に歩いて貰っていた友人のペースが次第に落ちてゆく。

ここは、山岳県の富山の中でも、屈指の日帰り困難コースのひとつです。舐めたらアカンゼヨ「毛勝」でした。

最初の急登を過ぎても、相変わらず、そこそこの急登が続く。距離は短いけど、700Mからの2400Mコースは、やはり半端じゃない。

とは、過去にこの辺の猫又山を大猫山経由から登ったり、赤谷山へ日帰りでは登っているけれど、いずれも秋だった。この辺は山小屋は無いのです。
北アルプスの山道が銀座通りとすれば、このへんは、一日に一〇人会うかどうかといったホントに原始的で素敵な山域です。ここがほんまに道なのかと迷うこともしばしば。でも、赤谷、猫又へ向かう、ブナクラ谷へ行く途中の、湧き水が何ともいえない甘露なんです。

毛勝コースは、道は明瞭ですが、殆ど崖登の連続。標高約2000Mのやや平坦なモモアセ山に着いたところで、友人の脚が止まる。ここから更に標高差400m、約2時間の行程が残っている。

とは最初から、12時に引き返すと宣言していたので、残念ながら、本日はここまで。友人はあんただけ行ってこられと言うが、熊の棲息地に一人だけ置いてゆくわけにはゆかない。

ここの草原で、昼食をして引き返すことにした。
ポコさんの作ってくれた、お弁当の鰻たっぷりのおにぎらずが絶品。息を吹き返す。

帰りも、厳しいくだりの連続。ほーほーのていで下山すると、猿の集団が待機していた。ボスが、威嚇行動をする。はいはいわかりましたと一目散に下山して、魚津の一大温泉スポットの金太郎温泉に飛び込んで、汗をながしましたとさ。やっぱ、山と温泉はいいですわ。これにビールが有れば最高ですが。
はじめまして - 山本
2016/08/17 (Wed) 15:38:59
独身時代からお世話になってました。
今は結婚し子供がもうすぐ12歳で、夏休みの宿題に自分の好きな料理のレシピを作ることになりました。
その殆どがオリジナルなのですが、おから煮の基本形はこちらのレシピなので報告すべきかと掲示板を使わせてもらいました。
おからの分量や具は違いますが、作り方はそのまま使わせてもらってます。
宿題本文には「やすこさんの味というHPを参考に」と書きました。
ネットでのルールなどわかっていなかったらすみません。
22日に宿題を提出します。
もしいけない事をしてしまっているようでしたら教えてください。
おから煮のレシピだけ外します。

やすこさんのレシピを見て、おばあちゃんの味を再現する事ができました。
そのおばあちゃんは、むすめが2歳になる前に亡くなったのですが
おから煮の味だけは やすこさんのおかげで再現する事ができ、むすめの大好物となりました。
そして今、むすめの得意料理になったようです。
ありがとうございます。
Re: はじめまして - ぺこ
2016/08/18 (Thu) 00:43:03
ようこそ、山本さん。
独身時代から、愛用して下さってどうもありがとうございます。
娘さんに12才の夏休みの宿題として、レシピを参考にして貰えて、こちらこそ幸せです。
富山の味、地産地消、身土不二を基本に和食の郷土料理を大切に、伝統の味を大切にする暮らしを望んでいます。どうぞ、ご利用下さい。

我家では、8才になる孫が夏休みに帰省すると、畑の赤紫蘇を利用して紫蘇ジュース作りが好例行事になっています。
今年も、5才の妹を含め一家全員総出で摘み取り作業を行い、賑やかで愉しい時間を過ごしました。
仕上がったジュースのおいしかったこと!

孫もやっぱり、夏休みの自由研究として、写真を取り入れ、宿題として提出しました。
保育園の頃は、園から散歩に出掛けると、道ばたの草を摘んでは「これもジュースになるかな?」と揉んでみていたそうです。

今年は、最初の作業に知人が参加し、ジュースを作った後の紫蘇の利用を教えてくれました。
簡単なのですが、赤紫蘇を瓶に詰め上から酢を注ぎます。この酢に黒部名水ポークを漬け込み、焼いたお肉はとても柔らかかく紫蘇と一緒に頂きました。美味しい味がして、二度楽しめ味わえました。良かったら、試して見て下さい。

今年は、都合で梅仕事を休んでしまったのですが、梅干しの紫蘇を利用し、「ゆかり」をつくりをしています。
昨日は、天気予報通り、午後から太陽が照ってきましたので、今日も天日干しを続けます。梅干しと一緒で3日間は干すと、風味も豊かな「ゆかり」が出来そうです。

自家製は、無農薬で安心ですし、手間を掛けた分美味しさが増します。孫達も好物で、待ってくれています。
来夏は「ゆかり」作りも一緒にと思っています。
カリブの風 - と
2016/04/14 (Thu) 17:02:50
あつあつきときとのカリブの風を届けます。スペイン語ゼロ、英語片言のと添乗員兼ポーターと、高岡の行きつけの床屋さんにあんたそんな体でどうしてもキューバ行かんなんもんけと言われつつ、決してめげない顧客のぺこさんの毎度おなじみの珍道中。最後の最後まで、ドラマチックでございました。よー帰ってきたもんやわ。

連日ドラマがあったのに、最後の最後まで、ドラマ。
その1。
アイスランドでもあった最終日午前5時のドラマ。
朝5時予約してあったタクシー(今回の旅の中で一番いい車のヒュンダイ高級車で、140キロを往復してくれて、チップをたっぷりはずんであったのに)が10分過ぎてもこない。旅行会社の指示は3時間前に空港に入ってくれと言うが、7時半出発なので、もう2時間前に着きそうになく焦る。彼の名刺に電話をするが、理解できない。そこへ運良くというか、運悪くというかおんぼろタクシーがやってきてタクシータクシーという。「エアポート、ハウマッチ」というと「ゲンテシンコ」という。これが実は適正価格の25ペソのことなに、まずはふっかけられたと思って、「トゥーマッチ」という。ついで、当方の限界の「30」と言うとにやりとして、スーツケース三個を車に運び入れてくれた。そりゃー嬉しかったやろ。こっちは落語の「ときそば」の間抜け役だ。
我々が乗り込んで、車が出発するやいなや、対向車線にたぶん予約していたタクシーがホテル前に向かっている、アレーと言っても後の祭り。乗り込んだ車はと言えば、今回の最低レベルのがたがたの乗り心地。ガソリンの匂いを腹一杯かぎながら、とにもかくにも、空港に着いた。
時間がない、ところが、運転者がトランクを開けようとしてばんばんおすが、トランクが空かない、おいおいこれじゃーチェックインできないじゃないか。他の運転手に助けを求めたりしたが、あかない。10分近くもたもたしたあげく車の中から、鍵を見つけてきて漸くあいた。これぞキューバ。カストロさんに免じて許してやろう。
その2
カナダトロント空港の税関での出来事。
キューバで買ったラム酒は、DFSの袋つめもトロントで、レシートが無い限り没収されると事前にちらーっと聞いていた。案の定DFSの袋に詰めてあれば大丈夫でしょうと余裕をかましていた隣のキューバ通のビジネスマンは高い箱入り三箱没収されてしょげかえっている。さて当方の番。「レシート?」と言うので「有ります」といって財布を捜せど、財布が見つからない。ズボンのポケットやザックをくまなく探すが出てこない。ズボンのポケットが浅いので、機内で落としてしまったか。慌てて、向かいの「ビジネスラウンジ」に駆け込み「財布落とした、いまハバナか着いたところで、座席は2D」というとおばちゃんはすぐ電話して調べて貰ったが無いとのこと。ラム酒もさることながら、各種カードの運転免許証に健康保険証にといかにもあとの手続が面倒だ。頭の片隅にポケットじゃ危ないとどこか安全なところへしまい込んだような記憶がうっすらとよみがえり、はっとぺこさんのリュックの前蓋を開けると、なんとそこに有りました。やったーとばかり税関へとって返すと、税関では、レシートと品物をいちいちチェック。箱入りは箱を開けて、中身を調べる。いったい何のため???なんとか、調査が終わり今日の戦利品がすくなくなったといわんばかりに渋々持ってけという。「やったー」自分のミスを棚に上げて逆転満塁ホームランの気分だ。
しかし、このレシート。キューバのDFSのおばちゃんは、何度かしつこく催促して漸くはんじもんみたいな紙切れを渡してくれました。知ってなかったら、あきらめていたところだった。

さてキューバ。
ぴちぴちの若者の躍動感溢れるダンスに陽気な音楽。スペイン時代の建物が残り世界遺産になっている旧市街には背高人間が着飾って練り歩きハバナの町は毎日がカーニバルです。

ヘミングウェーやカストロの足跡も尋ねてきました。二人とも凄い。カストロは元弁護士、彼が立ち上がったのは護憲運動だったとか。社会主義と言うより、社会正義の実現を目指した。清廉潔白、何事も先頭に立って動く。20世紀最大の政治家かもしれない。生前に銅像を建てる政治家はそれだけで×ですね。国中、ゲバラの絵は有っても、カストロの絵はない。
革命のほかほかの時期にキューバを訪れた高岡伏木出身の作家堀田善衞さんの「キューバ紀行」は、その熱気が存分に伝わってきます。

子ども達への教育システムはばっちり。家族の結束が強い。
野外の催し物見学用に、青い座布団を与えられて、それを路上に敷いて指人形や、演奏やパーフォーマンスを見学しています。ハバナの町のあちこちの広場や立派な建物のエントランスに体操の床運動ほどのひろさの段ボールが敷き詰められていてそこが若者たちのパーフォーマンスの発表の場になっています。そこのへんの若者が目の前で器械体操の選手並みの演技を披露してくれるんです。そしてダンス。
器用な子は見事に真似をして、鈍くさい子も一生懸命なのがほほえましい。これが、音楽、ダンスやスポーツなどの継承システムになっているんですね。

貧しいし、物は少ないけれど、みんな生き生き。笑顔がはじけてます。人間の幸せとは何か考えさせられます。
最近来日した世界で一番貧しいウルグァイ前大統領ムヒカさんの言葉の通りがキューバです。