やす味掲示板

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余った口座があったら、こちらに譲りませんか 現金になれる - 中原志貴
2018/08/29 (Wed) 19:37:49
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100名山達成のご相伴登山 - と
2018/08/27 (Mon) 23:36:18
この夏はいやはやとんでもない暑い日が続きまが、皆様お元気ですか。

とは、18日から高岡の繁盛居酒屋「八五郎」のマスターの、100名山達成登山の飯豊山にご相伴登山をしてきました。
飯豊山は、福島、山形、新潟三県にまたがる大きな山塊で高山植物が素晴らしい名山です。

人生辛いので、できるだけ他人のおめでたにはあやかりたい。
彼は、27年前に大病。その後開き直ったようにありとあらゆることに挑戦してきました。東京マラソンや、富山マラソンに出場。手術後にスイス旅行を誘ったのですが、ドクターストップで断念。しかし、数年後パキスタンの桃源郷フンザに出掛けて、地元の民族ショーに飛び入り参加、二人で、獅子舞を披露したのが懐かしい思い出です。東京マラソンや、富山マラソンに参加。南極にも出かけて、今年は100キロウォークも挑戦。とにかく持久力抜群なのです。

さてさてでかけた会津盆地から見えるのは、片方が容姿端麗な磐梯山、もう一方が、ずんぐりむっくりの飯豊山。
楽勝かなと、軽い気持ちで、参加したのですが、ところが、どっこいこれがなかなかの曲者。道中が長い上、剣ケ峰前後に岩場があって、予想していた以上に骨がある
コースでした。
でも、登山客が、老若男女を問わず一杯、最近人気があるようです。100名山の深田さん、大変な経済効果を生み出しております。

この山、登山口までのアプローチが長い。
私たちは夜中11時高岡出発で、高速会津坂下インターで下車。そこからぐるぐる道を周り登山口へ。一般的には、川入キャンプ場先の御沢登山口からスタートで
す。私達は、車でボッカ道みたいな近道入り口まで前進。約1時間短縮できますが、これがなかなかの急登でした。

一日目は登山口から約5,6時間かけて、切合小屋まで。
東北の小屋は食事が出ないところが多いのですが、この小屋は、夕食はカレーライスを提供してくれました。
布団が無いのですが、事前に予約すれば、マットとシェラフを貸してくれます。
しかし、このシェラフが、まったくのペラペラ。夜中に寒くて、思わず持参したダウンや、股引はきました。

翌日は、小屋は5時出発。ここから、結構なアップダウンが続きます。
それでも約2時間で、頂上に到達して、100名山達成垂れ幕を掲げて記念写真。
百名山は、目標にしていない私も多分、飯豊山が50山目です。

たかが百名山、されど百名山。時間もお金もかかることは間違いない。私の友人
は「百名山なんて、自分で人生の目標を見つけられない人がやることよ」などと
のたまうが、目標はないよりあった方がいい。
私の敬愛する小田島雄志先生は、夫人のきつい励ましによって王を殺して、ついに一国の王になったマクベスの「思えば長いこと生きてきたものだ、俺の人生は黄ばんだ枯れ葉となって風に散るのを待っている」という何とも寂しい台詞を引用して、(人間権力をにぎるより)「喜怒哀楽の総和が多ければ多いほど、それ
は豊かな人生だったといえるのでないか」とおっしゃる。

下りも、岩場を緊張しながら、下山。そこからも結構な長丁場。暑い日で、こんなに山で水を飲んだのは初めて。最後の水場の水が、冷たくておいしく、生き返りました。

下山口に近い「いいでのゆ」に宿泊予定が、なんと休日。こんなたくさん登山客がきている8月なのに、何考えとっがけと一同ぶつぶつ。
少し離れた、新鶴町の研修センターで、宿泊。
ここの小浴場が源泉かけ流し、料理やお酒の酒揃えもなかなか素晴らしかった。

思わず「高岡の某ハウスに、去年同窓会で行ったけど、あこより数段いいわ」というと、同行者の一人が「すみません、私がそのハウスの責任者です。でも言わせてももらうけど、あの時の客は、お金はケチるは、注文はうるさいわで、評判悪かったがいぜ」とカウンターパンチを食らってしまいました。
あっちゃー口は災いの元。
なかなか魅力的なこの町、こんなことが無ければ一生来なかったに違いない。
これも百名山巡りの副産物というところ。

夕景、朝焼けが素晴らしかった。山の上で泊まらないと味わえない至福のひととき。
花の盛りはおわっていましたが、飯豊リンドウ、マツムシソウ、トリカブトなど青系が主役。飯豊には秋の気配が漂っていました。

帰り道、100つながりで、今年創業100周年の喜多方の「会津誉」酒造の立ち寄りました。
お目当ての100番の番号入りTシャツは、売り切れにつき残念。それでも、お酒を次々に試飲して、山ほど購入して満足満足、帰路についたのでした。
剣周回スキーツァー - と
2018/04/25 (Wed) 12:20:51
3月末にたま君と野沢に行ったのが着火材になって、スキー熱また再燃しまして、週末ちょっとしたことしてきました。いやはや今までの山行で一番の厳しさだったかもしれません。
スキーはゲレンデが、一番です(笑い)。

行程は次の通りです。

土曜日
室堂~雷鳥沢キャンプ場 スキー滑走
雷鳥沢キャンプ場~剱御前小屋 スキー登山(泊)
日曜日 6時過ぎスタート
剱沢~二股 スキー滑走
小窓雪渓スキー登山
小窓のコル~西仙人谷~白萩川~馬場島スキー滑走午後4時到着

5年前ヨーロッパアルプスど真ん中120キロ縦走というオートルートを完走して、満足感が出てしまい、すっかりご無沙汰していた山スキー。
昨年、多賀谷ガイドや、友人が、剱岳周回ツァーで、パウダースノーを堪能したと聞き及び、羨ましくなり先週初めに今年行かれますかと聞いたところ、週末同じコースお客さん一人いるので、行きますよとのこと、そこで、急遽参加させてもらうことになりました。

前日スキーを取り出してみると、エッジに錆が着いている、これはいかんと慌てて、サンドペーパーや錆取り液を使って手入れし、ワックスがけをしました。
シールにも入念にワックスで手入れ。
現地では、軽量金具の、TLTの使い方も、忘れてしまっていて、着脱や金具調整に一苦労。
スキー靴は、滑走時と歩くときと、レバーを換えないといけないことすら忘れてしまっている、やばいやばい。
山スキーのみならずスキーは昨年が0。今年もゲレンデスキーは正味2日ほど。それでも従来のように滑れたので、何とかなるだろうと高をくくっておりました。
しかし、日本の山での山スキー、特に剱周辺のワイルドな山スキーは全く状況が違っておりました。

さて、土曜日、9時半頃に立山駅に到着すると車で満杯。一番端っこの第三駐車場にかろうじて車を止めることが出来ました。中国語が飛び交う待合室で待つこと約1時間半、10時50分発のケーブルカーに乗車しました。
室堂は晴天に誘われて、台湾人を中心とする観光客やスキーヤ-、ボーダー、登山客が大挙して押し寄せておりました。
例年のゴールデンウィーク並みの大人気。
多賀谷ガイドは、立山黒部アルペンルートは、観光客重視で、登山客は歓迎されないんだよとぼやいておりました。
県からもっと早く開けないのかと言われ、立山の厳しい状況をわかっているのかという山小屋関係者の声がTVで紹介されておりました。
案の丈、開通初日は、荒天でバスは運休する羽目に。

土曜日の予定は、剱御前小屋までなので、「みくりが池温泉」で、ゆっくり昼食をとり、まずは雷鳥沢キャンプ場まで、滑り降りました。キャンプ場には、カラフルなテントが並び、向かいの雷鳥沢には、これから登る人と滑走してくる人など思い思いに春スキーを楽しんでいる人で一杯。
大日岳は雪庇がものすごい。

この日宿泊の剱御前小屋は、4月28日がオープン日。
今回特別に泊めてもらうことが出来ました。
今回同行したT君は、前夜駐車場泊、4時から切符売り場に並び、6時始発に乗って朝9時には剱御前小屋に着いて、別山へ登って、真砂沢を滑ってきたとか。いやはや凄い気合いの入れよう。
T君まじめな顔つきのサラリーマンだけど、話の端々にいろんな遊びをし、あちこちに旅行に出掛けて独身生活を謳歌していることが窺える。とと、スキー板も一緒、カメラも一緒(しかも、彼は交換レンズ3本持参)、しかも旅好き、もしかして同類人種?
小屋は館内中ストーブをがんがん焚き、天井にたまっている氷を溶かしている。木曜日から、晴天3日目、剱が夕陽で染まる。

日曜日は、長丁場。
楽しみにしていた剱沢の長大な雪渓は、朝早かったので、アイスバーン状態で、スキーが想像以上にピューと走り、軽い幅広の山スキー板では調子に乗るとすってんころりん。
しかもザックが8㎏くらいあるので、いったんこけると起き上がるのが一苦労。

滑るにつれ雪がゆるんできて、平蔵谷、長治郎の雪渓、源治郎尾根などを見ながらゆっくり滑り、仙人池ヒュッテにあがる分岐点の二股に到着。
他には誰もいない、正しく剱岳独り占めです。

二股から目の前に三の窓の雪渓が広がる。目指す小窓雪渓は、途中で分かれて進む。
前日は久しぶりだったので、息が上がりそうでしたが、この日は、順調に小窓のコルに到達。途中有名なチンネの岩壁が左手に見える。ここは多賀谷さんの仕事場。

さていよいよ今回のメインイベント、西仙人谷滑降。
まずは、50~60M続く約40度の壁。こけたら前方に控える左右の岩に激突必至。幸い雪はゆるんではいるものの、とは多賀谷さんにザイルでつないで貰って、おそるおそるずるずると横滑りで必死の思いで、滑り降りました。
そのあとしばらく快適な滑りが出来たのもつかの間、巨大なデブリ帯が出現。まるでロデオのようになりながら、必死に進む。多賀谷さんはそんな中をすいすい進む。漸くそこを抜けて大窓からの白萩川に合流。しかもここも状況は変わらない。白萩川の雷岩下部では、雪渓がところどころ割れ始め、途中二か所は、岩壁に人一人がかろうじて通れるくらいの箇所を通過。
このコース、下りより登りがよほど楽だ。

有名な池の谷ゴルジュは、泥や岩で、真っ黒になっている。
スキーを脱いだりつけたりしながら、漸く白萩川堰堤に到達。
そこから馬場島までもスキーをつけたり、脱いだりしながら蕗の薹や桜が咲き始め、春らしい景色が漂う馬場島に着いたのでした。
年寄りにはオーバーワークもいいところ。月曜日から階段の上り下りがあいつつ、あいつつです。
野沢詣で - と
2018/04/04 (Wed) 21:39:19
さてさて、昨年は、長年楽しんできたスキーが0。今年も約2時間立山山麓で、新雪滑りを楽しんだだけで、
おしまいかと思いきや、テニス&スキー仲間のK君から、3月30日、31日「いけしょう」が2部屋予約出来たので、行きませんかとのお誘い。
そこで、4月から6年生になるたま君と二人で出かけました。

約35年間通った野沢温泉。
野沢は数々の思い出が詰まった、わが家の第二の故郷とでも言うべき場所。
35歳くらいの時にスキー教師のブッチャンと知り合い、野沢に始めて出かけて、野沢の魅力の虜になりました。
大学時代の友人家族や高岡の友人家族などを誘い、野沢の冬を堪能してきました。野沢の町並みのみならず、そこに至る、新井から飯山までの国道292号線沿いの富倉部落などの豪雪地帯がまず他に無い景色。飯山に降りると、千曲川に沿った野沢までが日本の原風景とも言うべき懐かしい風情が何ともいえないんです。
ここから見える木島平スキー場や戸狩スキー場は、ポコさんが学生時代にそれぞれ一冬バイト籠もっていた。

ぶっちゃん先生からスキーの上達の見込み無しと破門されてから(笑い)、出かけるようになった「いけしょう」と「住吉屋」。
野沢には、ブッチャン先生の定宿の「○一屋」しかないのかとも思っていたのに、まったくの別世界がありました。
若い時から、スクールのコーチをしていたK君と「いけしょう」さんで、「失われた30年を返せ」と言いたいねと冗談をかわしました。

「いけしょう」さんは料理が益々充実。とはこれまで泊まった宿で、出された料理を残したことがないのが自慢だったのですが、今回は連日、2,3品食べ残すという不覚。ほんまに多すぎです。これで、9200円とは。
宿には、お風呂はありませんが至近距離に、名湯「熊の手洗い湯」があります。
野沢はどこも熱いのですが、ここは、温いのと熱いのが両方ありますので、村の端っこにあるのに最近は人気が出てきて、いつも満員。2年前に建て替えられて随分綺麗になった。

村の蕎麦屋の「良味」のなめこ蕎麦とカツ丼がとにとっては欠かせない野沢の味。今回も、日曜日半日でスキーを切り上げて、熊の手洗湯で汗を流して、この二つをタマ君と半分こしながら、舌鼓をうちました。

スキー場は、連日綺麗にピステンされていて、この時期としてはまことに滑りやすい
名物コースのスカイラインは下まで滑り降りることができました。

土曜日は結構冷え込んでいたものの、日曜日は、5月並の暑さで、Tシャツ一枚で滑っている外人さんや若者があちこちにいました。

土曜日午前中申し込んだスキースクールは、春休みなので、子供達で超満員。町と言えば風情ある大湯通りは大賑わい。これも大資本の参入を許さず、村ぐるみで町やスキー場を守ってきた賜ものなんでしょう。

土曜日は、12時にスクールが終了するタマ君に落ち合う予定が、スカイラインを滑り降りて、まだ時間があると思って再び長坂ゴンドラに乗って上部に着いたのが、11時50分過ぎ。
スワッと日陰ゲレンデまでノンストップで、降りるという体力テストをする羽目になりましたが、なんとか、12時前に到着できました、やれやれ。

タマ君は、2日間とも、下山は林道とどっちにすると聞くと、果敢にもチャレンジを選択して、何とか、滑り降りてくれました。
タマ君はウェーブに大喜び。子供に遊びの要素は欠かせませんね。

やっぱりスキー楽しいです。
Re: 野沢詣で - きはら
2018/04/19 (Thu) 04:55:18
そのぶっちゃんはOさんとともにシャモニーで楽しんできたみたいですね~(笑)
徳川家康は平将門の子孫に間違いない - うさぎ777
2017/11/14 (Tue) 07:43:03
徳川家康は平将門の子孫に間違いない

http://park.geocities.jp/jpcdebate/0203/p039.html#page266

「豊田城」が、なんと将門の拠点だった。

( http://sky.geocities.jp/datepedia/02/update.html )

( http://park.geocities.jp/jpcdebate/0103/p036.html )

( 個人的意見 )
雲の平と高天原 - と
2017/09/30 (Sat) 23:09:03
最近放送されたNHKBSプレミアムの日本「トレッキング」。その秘境編で堂々の一位が、富山県の「雲の平」でした。

との山登り手帳には、秋分の日の紅葉見どころは、その雲の平とあります。そこでいそいそとでかけてまいりました。
いやはや、紅葉がドンピシャリ。しかも、天気は、8月の悪天候は御免なさい、9月は努力しましたといわんばかりの好天続き。やっぱり山はこうでなくっちゃ。

土曜日、朝5時40分、有峰林道ゲート到着。しかし、なんとこの時点で、すでに約30~40台が並んでいました。こんな光景かってみたことない。約50分後につ
いた駐車場は、満杯状態。わー人気あるじゃん。

登山口の折立からは、薬師岳登山や、黒部五郎岳などの黒部源流巡りコース。雲の平、高天原などの雲上の楽園コースなど山好きなら、垂涎のコースが目白押し。

約35年前に始めてバスで出かけたことがあります。そのときは、道が細くて、崖からバスが落ちてしまうかもと心配したほど。しかし、いまや、トンネルがめちゃめちゃ増えました。おかげで通行料は1900円にアップ。それで、今回も、2か所で、最大10分の片面通行があるほど、がけ崩れが頻繁に起きてます。落石はカモシカが落とすこともあるそう。

初日雲の平に直行。一年に一度は訪ねたい木造建築の粋を集めた素敵な建物。薬師沢の急登を越えて台地に辿り着いた後は、紅葉越しの水晶岳を眺めながら、黄色と赤の中、木道を進みました。
夜中目が覚めると、寝床の上に窓があって(この小屋はこんな工夫が凝らされているのです)、星が見えました。2Fのベランダにでてみると、満天の星がこぼれんばかり。

翌朝は、みんなが出払った後のんびりしていたらマスターが2年前に訪ねたことを思い出してくれて、美味しい珈琲を入れてくれました。朝の音楽は、2年前はカザルスのバッハ無伴奏がながれていました。今回はクライスラーのバイオリン小品集が優しい音を奏でてくれます。

「なにかかけますか」と問われてエネスコのバイオリンありますかと訪ねると、「私も大好きです」といって、LPレコードをかけてくれました。アナログの音は、実に心地いい。エネスコの味わいがひときわまします。

食堂の窓からは真ん中に笠ヶ岳、左右に三俣蓮華と黒部五郎がギリシャ庭園越しに眺められます。何とも贅沢の空間のなかであれこれおしゃべり。
マスターに、高天原に行くなら、高天原峠越えが紅葉綺麗ですよと教えていただきました。

そうだった、ここでした。約35年前に一度通って素晴らしいナナカマドを見た場所がこのコースの中間地点でした。今もそのときと変わらず赤と黄色が庭園の様に秋の陽射しに乱舞していました。

分岐点で若者に「高天原へ行くなら温泉だけじゃだめですよ、竜晶池に絶対行ってください。」と諭されました。竜晶池はいやはや素晴らしかった。この近くの夢の平は、薬師岳が素敵に見えました。

沢の中の露天風呂で明るい秋の陽射しを浴びながら、2~3人でゆったり山談義をあれこれ。宿に帰ったらお約束のビールを傾けながら、水晶岳の色の変化を愉しみました。

今回の紅葉ベスト3は、竜晶池と、前述の高天原峠~雲の平間と、高天原小屋から温泉に向かって歩き出した斜面。

35年前に高天原に来たとき、朝湿原に陽が差し込んだ瞬間、草紅葉の霜が次々に光輝き、カメラを持ってきょときょとになって光を追いかけたことがありました。

待つこと1時間半。7時45分頃湿原の向こうから陽がやってきました。湿原に達するまでは遅いけれど、降りた後はあっという間に光が押し寄せてきます。
慌ててシャッターを、4,5回ぱちぱち。そこで無情にも電池が切れました。一枚も取れなかったら洒落にもならない。あらかじめ、美人の草をチェックしていたはずなのに、陽が来たら、それどころでなくなり、手当たり次第ぱちゃぱちゃ。

カメラが無くなったので、帰り道は大東新道にて、黒部川上の廊下の清冽な激流を目と耳で愉しんで来ました。

富山の山は素敵です。みんな来られ。
立山三山と剱岳 - と
2017/09/30 (Sat) 22:41:00
台風一過の9月19日は全国的に晴れマーク。
とは、仕事の予定を変更して、それっと立山方面に向かいました。

その日の朝剱沢小屋の予約ができたので、久しぶりに剱岳別山尾根から剱岳登頂と考えました。
しかし、カメラを忘れるというちょんぼで出足でつまずいたため、一番ケーブルに乗れず、剱は時間的にきつくなってしまいました。一服剱でも、前剱でもゆけるところまでとも思ったけれど、折角の晴天は、3000mの稜線散歩に限ると、立山三山縦走に切り替えました。一之越からは立山名物の強風がビュンビュン吹き始めました。

山は、ナナカマドが本格的に赤くなっていないものの、草紅葉の赤や黄色など秋色に染まり始めていました。この日の朝は、室堂で2度しか無くて氷が張っていたとか。

平日にも関わらず、雄山までは大混雑。雄山から先はめっきり人が少なくなり、快適に稜線漫歩を愉しんできました。
別山に向かう途中、トレランの若者二人が、走っておりてきました。なんと、称名滝口登山口から、大日三山を越えて、立山三山を越えて、八郎坂を下りてふり出し戻るのだとか。「今日は天気いいから気持ち良いです。」という言葉が、なんとも清々しい。私も、4,5年前には称名から、大日三山を縦走して、立山三山も行けそうかなと、思ったのですが、残念ながら、思っただけでした。それからバスにも乗らず、一気に八郎坂を下りて、下界までとは、凄い。

私が、三山縦走で特にお気に入りは、別山と剱御前の間のスポット。右手には剱岳が、手前のカールがはいる雄大な姿を見せ、他方左手には、立山三山が立体的にダイナミックな姿をみせる場所です。

今回改めて感心したのが、剱沢小屋の立地。「雪と岩の殿堂」に相応しい。

2時半についたので、小屋の前でアサヒロング缶を片手にして飽かずに眺めておりました。
そのうち薄雲が微妙に変化を始め、何とも楽しい。アイスランドのオーロラやパタゴニアのフィッツロイを想起しました。

剱沢小屋の食事がまたいい。この日の夕食は、立派なとんかつに具たくさんの豚汁など。ここと、雲の平山荘、北穂の小屋がおきに入りです。
小屋には平日自由な人達、即ち私たちの年代の人達で一杯。
予定もまた優雅。剱沢小屋から、仙人池ヒュッテへ行った後は、真砂沢小屋までしか戻らないとか。剱沢小屋で、二泊して、次には1時間の行程の剱御前で一泊、
さらに室堂で二泊とかの御仁も。

それに引き替え私の方と言えば本日は午後から予定があるので、朝6時過ぎに小屋を出て、室堂10時発のバスを目指しましたが、9時20分発に悠々まにあったので、亀ヶ谷温泉で一汗流してから出勤できました。

4年前には、3015Mの大汝小屋から、8時始発でご出勤。まさしく富山の地の利です。と言えば聞こえはいいが、相変わらずのあくせくぶり。
それでも、ぱっと出掛けて青空をバックにした剱岳の偉容をたっぷり堪能でき秋色もちょっぴり楽しめたので、大満足です。

立山頂上から出勤とか、剱岳から出勤というのは、そうそう無いだろうと、勝手に気にいっています。
甲斐駒黒戸尾根 - と
2017/09/30 (Sat) 22:33:14
お久しぶりです。

話題はスミマセンがやはり山です。

とは、高校時代の友人と8月下旬山梨県の甲斐駒黒戸尾根に出かけてきました。
このコース途中の七丈小屋の管理人に、花谷ガイドが今年からなられたので、一度は訪問したいなと思ったからです。彼はまことに好青年、いまや日本の人気ガイド、
かってバリュエーションルートの剣岳北方稜線を御一緒したことがあります。

深田久弥が、百名山の中では、最も困難な登りではないかと言った黒戸尾根。海抜約800mから約3000Mは、ほぼ剣早月尾根と同じです。
このコース、中間地点の笹平まではまことに綺麗な山道の快適な樹林帯歩きが続くのですが、刃渡りの結界を越えると、梯子と鎖場の連続で、がらりと様相が一変します。10mくらいある梯子や、殆ど直角に近い梯子に、足場に迷う鎖場が難所。梯子が約20か所、鎖が約10か所、通いなれた早月尾根より緊張する箇所が多いと感じました。七丈小屋は、ほぼ通年営業なので、冬場や、春先にも登山客が訪れます。しかし難所で、今年は春先雪がある時期に二人滑落死。

このコース、開山して200年ですが、このコースの厳しさにひかれて修験者が山ほど訪れた模様。コースのあちこちに石仏や石碑があります。しかし、余りにも厳しいコースなので、講には発展しなかった。

今回、コース途中の刀利天狗という場所で、なんと熊野古道の千日回峰を初めて達成した柳沢慎吾さんに出会いました。
柳沢さんのことをパラッと見てみると、千日回峰はやはりとてつもなく凄いことのようです。
48キロの山道を、年間143日間連続を8年間続ける。午前0時30分出発。15時30分帰寺。掟は「中断は切腹」。従って白の死装束。

柳沢さんは、千日回峰の後も、いくつかの荒業に挑んでおられます。それ自体何かを掴みたい一心だったと思いますが、どんな世界を観られたんでしょう。

柳沢さんや、2番目の達成者塩沼さんの言葉を拾うと「ある種の精気レベルの波動を感じる」「ゾーンのような」とか。あるいは、極限まで行くと「今生きていること自体への感謝の念と生きていることは回り中の支えのお蔭だから、その恩返しの念と」ふつふつと沸き上がるようです。
「ゾーン」は私も、テニスの試合で感じたことがあるなー。あのロイヤルオープンの決勝戦とか。私の数少ない体験では、周り中が静寂に包まれ、頭と心と体が一体に動く世界。ホントにあの時は、テニスボールが、バレーボールほどに見えた。しかし、写真では、私はまだぎんぎら銀、かたや柳沢さんは仏様。

今回前夜甲府に一泊しました。
甲府では居酒屋「くさ笛」を訪ねました。「くさ笛」は居酒屋評論家太田和彦や「ダンチュウ」が取り上げています。「くさ笛」の女将さんにもある種の「悟り」というか透徹した生き方を感じます。「喜寿」になっても、未だに山に入って山菜や茸を採ってきて、51年間毎晩お客さんを喜ばせる。
東京オリンピックに店を開いたので、次の東京オリンピックまではしますとのこと。

隣の客が我々の会話を聞きつけて「黒戸尾根なんてきついところは、俺は毛頭行かん、やめときなはれ」と言ってきた。一度会ったら友達という状況も女将さんの醸し出す雰囲気なんでしょう。
今度戴いた「ハナビラタケ」はこれ。これらをおかずに棚に並んだ甲斐の銘酒を次々に飲み倒しました。山梨の日本酒が意外においしかった。
七丈小屋の元小屋番の田辺さんも小屋にあがってこられました。夕食後田辺さんから、いろんな苦労話や裏話を聞かせて貰いました。
20年間一年360日、余り人のこない小屋に籠もり、本来の登山道のみならず黙々と新しい登山道を整備する。これも大変な業ですね。

世の中、いろんな達人がいるもんだ。我々凡人は、たまにこんな人達に偶然出会えるだけで楽しい。

くさ笛と黒戸尾根お勧めです。と言っても、前者はともかく、黒戸尾根はそれなりのお覚悟を。
寒くなりました - のりぃ
2016/11/02 (Wed) 16:43:12
大変ご無沙汰しておりました。
11月から献立が復活してよかったです。
東京も急に寒くなり、お鍋料理が活躍です。
今夜のうちの夕飯は、おでんです。
あー毛勝山 - と
2016/09/12 (Mon) 21:20:52
剱岳の北側に、そびえる毛勝三山の毛勝山、釜谷山、猫又山。富山県にいると、晴れた日には、いやでも、この三山が目にはいります。

いずれも標高2400M位ながら、富山県七大河川の片貝川、早月川の源流です。明治時代にここを見てこれは川じゃなくて滝だといった外人学者さんがいました。当然山も急。そして熊の一大棲息地です。

この辺の山域で、山菜採りに励んでいた友人は、余りにも熊に遭遇するので、最初は爆竹を使っていたけれど、山火事を恐れて、車の発煙筒を持参して、一〇数本を使ったとか。この友人は、アフリカの最貧国のシュラレオネの支援活動をしていて、二年前にバザー用の山菜を採りに行って、還る途中、渡渉中に激流にさらわれたのでした。慰霊登山に参加して、南又支流の事故現場まで出掛けましたが、まことに、山が原始的で、いつもいっている北アルプスの登山道は、高速道路のように感じられました。この山域で、山菜取りの人達が、道迷いしたとか、熊に襲われたという記事がたまにありますが、充分にあり得ることです。

さてさて、8月21日、毛勝山に出掛けました。
年に一回の高校時代の友人との恒例行事。
いくつか、提案した中で、食いついてきたのが、毛勝山。これまで、栂海新道や西穂~奥穂、赤牛岳と温泉沢の頭、針ノ木古道などマニアックな山歩きをしてきました。友人は関東周辺の山はくまなく歩いているのです
が、やや高度に弱いので、比較的低山を選択した次第。

毛勝山は、今は昔、ぺこさんと、との姉夫婦と6月初旬に雪渓コースを上り詰めたことがありました。アイゼンもピッケルも無しの向こう見ず登山。とは、頂上で、脚がつって、寝っ転がっておりました。おかげでいまだにぺこさんから、あんたあんときひっくりかえっとったやろいわれております。帰りの雪渓の尻セードで、姉が止まらなくなって、旦那さんに身体で止めてもらったっけ。
ほんまにめくら蛇に怖じずとはあんなことやちゃ。
その頃は、この雪渓コースが、一般的だったのですが、最近、地元登山会によって尾根道コースが開発されたのです。

今回は、その尾根道コースです。
8月21日は折から、関東地方に台風一〇号が接近中で、誠に蒸し暑くて、高温多湿の日。

魚津駅前のホテルで、四時半に友人をピックアップして、登山口の片貝山荘を目指しました。馴染みのない魚津駅前の道にもたもたして、ようやく正しい道を直進して、東又のがたがた道を、越えて登山口へ到着しました。折から2,3台の車が到着したところで、熊多発地帯へ向かうには我々だけじゃなくて良かった、良かった。マッチョなあんちゃん達が記念写真を撮っている。

最初から崖のような急登、途中あちこちにロープがぶら下がってました。高度がぐんぐん稼げるので、有難いと生意気な事をいっていたら、七〇〇Mという低地からのスタートなので、汗が滝のように流れおちてきました。

最初の標高300Mの崖登りは、なんとかコースタイム通りの一時間弱でした。頂上までの標高差は、約1700M余り。日帰りの為には、一時間300m登るペースを維持しないといけません。ところが、先に歩いて貰っていた友人のペースが次第に落ちてゆく。

ここは、山岳県の富山の中でも、屈指の日帰り困難コースのひとつです。舐めたらアカンゼヨ「毛勝」でした。

最初の急登を過ぎても、相変わらず、そこそこの急登が続く。距離は短いけど、700Mからの2400Mコースは、やはり半端じゃない。

とは、過去にこの辺の猫又山を大猫山経由から登ったり、赤谷山へ日帰りでは登っているけれど、いずれも秋だった。この辺は山小屋は無いのです。
北アルプスの山道が銀座通りとすれば、このへんは、一日に一〇人会うかどうかといったホントに原始的で素敵な山域です。ここがほんまに道なのかと迷うこともしばしば。でも、赤谷、猫又へ向かう、ブナクラ谷へ行く途中の、湧き水が何ともいえない甘露なんです。

毛勝コースは、道は明瞭ですが、殆ど崖登の連続。標高約2000Mのやや平坦なモモアセ山に着いたところで、友人の脚が止まる。ここから更に標高差400m、約2時間の行程が残っている。

とは最初から、12時に引き返すと宣言していたので、残念ながら、本日はここまで。友人はあんただけ行ってこられと言うが、熊の棲息地に一人だけ置いてゆくわけにはゆかない。

ここの草原で、昼食をして引き返すことにした。
ポコさんの作ってくれた、お弁当の鰻たっぷりのおにぎらずが絶品。息を吹き返す。

帰りも、厳しいくだりの連続。ほーほーのていで下山すると、猿の集団が待機していた。ボスが、威嚇行動をする。はいはいわかりましたと一目散に下山して、魚津の一大温泉スポットの金太郎温泉に飛び込んで、汗をながしましたとさ。やっぱ、山と温泉はいいですわ。これにビールが有れば最高ですが。