やす味掲示板

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寒くなりました - のりぃ
2016/11/02 (Wed) 16:43:12
大変ご無沙汰しておりました。
11月から献立が復活してよかったです。
東京も急に寒くなり、お鍋料理が活躍です。
今夜のうちの夕飯は、おでんです。
あー毛勝山 - と
2016/09/12 (Mon) 21:20:52
剱岳の北側に、そびえる毛勝三山の毛勝山、釜谷山、猫又山。富山県にいると、晴れた日には、いやでも、この三山が目にはいります。

いずれも標高2400M位ながら、富山県七大河川の片貝川、早月川の源流です。明治時代にここを見てこれは川じゃなくて滝だといった外人学者さんがいました。当然山も急。そして熊の一大棲息地です。

この辺の山域で、山菜採りに励んでいた友人は、余りにも熊に遭遇するので、最初は爆竹を使っていたけれど、山火事を恐れて、車の発煙筒を持参して、一〇数本を使ったとか。この友人は、アフリカの最貧国のシュラレオネの支援活動をしていて、二年前にバザー用の山菜を採りに行って、還る途中、渡渉中に激流にさらわれたのでした。慰霊登山に参加して、南又支流の事故現場まで出掛けましたが、まことに、山が原始的で、いつもいっている北アルプスの登山道は、高速道路のように感じられました。この山域で、山菜取りの人達が、道迷いしたとか、熊に襲われたという記事がたまにありますが、充分にあり得ることです。

さてさて、8月21日、毛勝山に出掛けました。
年に一回の高校時代の友人との恒例行事。
いくつか、提案した中で、食いついてきたのが、毛勝山。これまで、栂海新道や西穂~奥穂、赤牛岳と温泉沢の頭、針ノ木古道などマニアックな山歩きをしてきました。友人は関東周辺の山はくまなく歩いているのです
が、やや高度に弱いので、比較的低山を選択した次第。

毛勝山は、今は昔、ぺこさんと、との姉夫婦と6月初旬に雪渓コースを上り詰めたことがありました。アイゼンもピッケルも無しの向こう見ず登山。とは、頂上で、脚がつって、寝っ転がっておりました。おかげでいまだにぺこさんから、あんたあんときひっくりかえっとったやろいわれております。帰りの雪渓の尻セードで、姉が止まらなくなって、旦那さんに身体で止めてもらったっけ。
ほんまにめくら蛇に怖じずとはあんなことやちゃ。
その頃は、この雪渓コースが、一般的だったのですが、最近、地元登山会によって尾根道コースが開発されたのです。

今回は、その尾根道コースです。
8月21日は折から、関東地方に台風一〇号が接近中で、誠に蒸し暑くて、高温多湿の日。

魚津駅前のホテルで、四時半に友人をピックアップして、登山口の片貝山荘を目指しました。馴染みのない魚津駅前の道にもたもたして、ようやく正しい道を直進して、東又のがたがた道を、越えて登山口へ到着しました。折から2,3台の車が到着したところで、熊多発地帯へ向かうには我々だけじゃなくて良かった、良かった。マッチョなあんちゃん達が記念写真を撮っている。

最初から崖のような急登、途中あちこちにロープがぶら下がってました。高度がぐんぐん稼げるので、有難いと生意気な事をいっていたら、七〇〇Mという低地からのスタートなので、汗が滝のように流れおちてきました。

最初の標高300Mの崖登りは、なんとかコースタイム通りの一時間弱でした。頂上までの標高差は、約1700M余り。日帰りの為には、一時間300m登るペースを維持しないといけません。ところが、先に歩いて貰っていた友人のペースが次第に落ちてゆく。

ここは、山岳県の富山の中でも、屈指の日帰り困難コースのひとつです。舐めたらアカンゼヨ「毛勝」でした。

最初の急登を過ぎても、相変わらず、そこそこの急登が続く。距離は短いけど、700Mからの2400Mコースは、やはり半端じゃない。

とは、過去にこの辺の猫又山を大猫山経由から登ったり、赤谷山へ日帰りでは登っているけれど、いずれも秋だった。この辺は山小屋は無いのです。
北アルプスの山道が銀座通りとすれば、このへんは、一日に一〇人会うかどうかといったホントに原始的で素敵な山域です。ここがほんまに道なのかと迷うこともしばしば。でも、赤谷、猫又へ向かう、ブナクラ谷へ行く途中の、湧き水が何ともいえない甘露なんです。

毛勝コースは、道は明瞭ですが、殆ど崖登の連続。標高約2000Mのやや平坦なモモアセ山に着いたところで、友人の脚が止まる。ここから更に標高差400m、約2時間の行程が残っている。

とは最初から、12時に引き返すと宣言していたので、残念ながら、本日はここまで。友人はあんただけ行ってこられと言うが、熊の棲息地に一人だけ置いてゆくわけにはゆかない。

ここの草原で、昼食をして引き返すことにした。
ポコさんの作ってくれた、お弁当の鰻たっぷりのおにぎらずが絶品。息を吹き返す。

帰りも、厳しいくだりの連続。ほーほーのていで下山すると、猿の集団が待機していた。ボスが、威嚇行動をする。はいはいわかりましたと一目散に下山して、魚津の一大温泉スポットの金太郎温泉に飛び込んで、汗をながしましたとさ。やっぱ、山と温泉はいいですわ。これにビールが有れば最高ですが。
はじめまして - 山本
2016/08/17 (Wed) 15:38:59
独身時代からお世話になってました。
今は結婚し子供がもうすぐ12歳で、夏休みの宿題に自分の好きな料理のレシピを作ることになりました。
その殆どがオリジナルなのですが、おから煮の基本形はこちらのレシピなので報告すべきかと掲示板を使わせてもらいました。
おからの分量や具は違いますが、作り方はそのまま使わせてもらってます。
宿題本文には「やすこさんの味というHPを参考に」と書きました。
ネットでのルールなどわかっていなかったらすみません。
22日に宿題を提出します。
もしいけない事をしてしまっているようでしたら教えてください。
おから煮のレシピだけ外します。

やすこさんのレシピを見て、おばあちゃんの味を再現する事ができました。
そのおばあちゃんは、むすめが2歳になる前に亡くなったのですが
おから煮の味だけは やすこさんのおかげで再現する事ができ、むすめの大好物となりました。
そして今、むすめの得意料理になったようです。
ありがとうございます。
Re: はじめまして - ぺこ
2016/08/18 (Thu) 00:43:03
ようこそ、山本さん。
独身時代から、愛用して下さってどうもありがとうございます。
娘さんに12才の夏休みの宿題として、レシピを参考にして貰えて、こちらこそ幸せです。
富山の味、地産地消、身土不二を基本に和食の郷土料理を大切に、伝統の味を大切にする暮らしを望んでいます。どうぞ、ご利用下さい。

我家では、8才になる孫が夏休みに帰省すると、畑の赤紫蘇を利用して紫蘇ジュース作りが好例行事になっています。
今年も、5才の妹を含め一家全員総出で摘み取り作業を行い、賑やかで愉しい時間を過ごしました。
仕上がったジュースのおいしかったこと!

孫もやっぱり、夏休みの自由研究として、写真を取り入れ、宿題として提出しました。
保育園の頃は、園から散歩に出掛けると、道ばたの草を摘んでは「これもジュースになるかな?」と揉んでみていたそうです。

今年は、最初の作業に知人が参加し、ジュースを作った後の紫蘇の利用を教えてくれました。
簡単なのですが、赤紫蘇を瓶に詰め上から酢を注ぎます。この酢に黒部名水ポークを漬け込み、焼いたお肉はとても柔らかかく紫蘇と一緒に頂きました。美味しい味がして、二度楽しめ味わえました。良かったら、試して見て下さい。

今年は、都合で梅仕事を休んでしまったのですが、梅干しの紫蘇を利用し、「ゆかり」をつくりをしています。
昨日は、天気予報通り、午後から太陽が照ってきましたので、今日も天日干しを続けます。梅干しと一緒で3日間は干すと、風味も豊かな「ゆかり」が出来そうです。

自家製は、無農薬で安心ですし、手間を掛けた分美味しさが増します。孫達も好物で、待ってくれています。
来夏は「ゆかり」作りも一緒にと思っています。
カリブの風 - と
2016/04/14 (Thu) 17:02:50
あつあつきときとのカリブの風を届けます。スペイン語ゼロ、英語片言のと添乗員兼ポーターと、高岡の行きつけの床屋さんにあんたそんな体でどうしてもキューバ行かんなんもんけと言われつつ、決してめげない顧客のぺこさんの毎度おなじみの珍道中。最後の最後まで、ドラマチックでございました。よー帰ってきたもんやわ。

連日ドラマがあったのに、最後の最後まで、ドラマ。
その1。
アイスランドでもあった最終日午前5時のドラマ。
朝5時予約してあったタクシー(今回の旅の中で一番いい車のヒュンダイ高級車で、140キロを往復してくれて、チップをたっぷりはずんであったのに)が10分過ぎてもこない。旅行会社の指示は3時間前に空港に入ってくれと言うが、7時半出発なので、もう2時間前に着きそうになく焦る。彼の名刺に電話をするが、理解できない。そこへ運良くというか、運悪くというかおんぼろタクシーがやってきてタクシータクシーという。「エアポート、ハウマッチ」というと「ゲンテシンコ」という。これが実は適正価格の25ペソのことなに、まずはふっかけられたと思って、「トゥーマッチ」という。ついで、当方の限界の「30」と言うとにやりとして、スーツケース三個を車に運び入れてくれた。そりゃー嬉しかったやろ。こっちは落語の「ときそば」の間抜け役だ。
我々が乗り込んで、車が出発するやいなや、対向車線にたぶん予約していたタクシーがホテル前に向かっている、アレーと言っても後の祭り。乗り込んだ車はと言えば、今回の最低レベルのがたがたの乗り心地。ガソリンの匂いを腹一杯かぎながら、とにもかくにも、空港に着いた。
時間がない、ところが、運転者がトランクを開けようとしてばんばんおすが、トランクが空かない、おいおいこれじゃーチェックインできないじゃないか。他の運転手に助けを求めたりしたが、あかない。10分近くもたもたしたあげく車の中から、鍵を見つけてきて漸くあいた。これぞキューバ。カストロさんに免じて許してやろう。
その2
カナダトロント空港の税関での出来事。
キューバで買ったラム酒は、DFSの袋つめもトロントで、レシートが無い限り没収されると事前にちらーっと聞いていた。案の定DFSの袋に詰めてあれば大丈夫でしょうと余裕をかましていた隣のキューバ通のビジネスマンは高い箱入り三箱没収されてしょげかえっている。さて当方の番。「レシート?」と言うので「有ります」といって財布を捜せど、財布が見つからない。ズボンのポケットやザックをくまなく探すが出てこない。ズボンのポケットが浅いので、機内で落としてしまったか。慌てて、向かいの「ビジネスラウンジ」に駆け込み「財布落とした、いまハバナか着いたところで、座席は2D」というとおばちゃんはすぐ電話して調べて貰ったが無いとのこと。ラム酒もさることながら、各種カードの運転免許証に健康保険証にといかにもあとの手続が面倒だ。頭の片隅にポケットじゃ危ないとどこか安全なところへしまい込んだような記憶がうっすらとよみがえり、はっとぺこさんのリュックの前蓋を開けると、なんとそこに有りました。やったーとばかり税関へとって返すと、税関では、レシートと品物をいちいちチェック。箱入りは箱を開けて、中身を調べる。いったい何のため???なんとか、調査が終わり今日の戦利品がすくなくなったといわんばかりに渋々持ってけという。「やったー」自分のミスを棚に上げて逆転満塁ホームランの気分だ。
しかし、このレシート。キューバのDFSのおばちゃんは、何度かしつこく催促して漸くはんじもんみたいな紙切れを渡してくれました。知ってなかったら、あきらめていたところだった。

さてキューバ。
ぴちぴちの若者の躍動感溢れるダンスに陽気な音楽。スペイン時代の建物が残り世界遺産になっている旧市街には背高人間が着飾って練り歩きハバナの町は毎日がカーニバルです。

ヘミングウェーやカストロの足跡も尋ねてきました。二人とも凄い。カストロは元弁護士、彼が立ち上がったのは護憲運動だったとか。社会主義と言うより、社会正義の実現を目指した。清廉潔白、何事も先頭に立って動く。20世紀最大の政治家かもしれない。生前に銅像を建てる政治家はそれだけで×ですね。国中、ゲバラの絵は有っても、カストロの絵はない。
革命のほかほかの時期にキューバを訪れた高岡伏木出身の作家堀田善衞さんの「キューバ紀行」は、その熱気が存分に伝わってきます。

子ども達への教育システムはばっちり。家族の結束が強い。
野外の催し物見学用に、青い座布団を与えられて、それを路上に敷いて指人形や、演奏やパーフォーマンスを見学しています。ハバナの町のあちこちの広場や立派な建物のエントランスに体操の床運動ほどのひろさの段ボールが敷き詰められていてそこが若者たちのパーフォーマンスの発表の場になっています。そこのへんの若者が目の前で器械体操の選手並みの演技を披露してくれるんです。そしてダンス。
器用な子は見事に真似をして、鈍くさい子も一生懸命なのがほほえましい。これが、音楽、ダンスやスポーツなどの継承システムになっているんですね。

貧しいし、物は少ないけれど、みんな生き生き。笑顔がはじけてます。人間の幸せとは何か考えさせられます。
最近来日した世界で一番貧しいウルグァイ前大統領ムヒカさんの言葉の通りがキューバです。
蕎麦はまだか。 - と
2016/03/08 (Tue) 22:42:57
爺ばばの、蕎麦屋行脚。
今まで紹介したとこと重複しますが、ご容赦を。

蕎麦屋は、蕎麦、料理、お酒、建物(内、外)、接客がそろってないといけない。

京浜急行大森駅「もりいろ」は、全部○、全体のバランスがまことにいい。外観がお洒落、内装が総檜で、至る所にセンスの良さがでている。料理はどれもこれも少なめだけど、薄味で美味しい。鴨焼きが美味しい。蕎麦はたっぷりの量。

根津の「よし房凜」が、良かった。鴨南蛮が美味しかった。天ぷらが山のように盛り上がった小どんぶりがまことにお得。これがなんと六〇〇円也。

新橋「ひろ作」は別格。懐石料理屋の大将が独学で蕎麦を打ち、極めた。素材は、超一級品、たとえば大間のマグロとか、明石の鯛とか。おかみさんから、うちに食べに来るために仕事続けてくださいねと言われております。こんなの食べていると、宴会料理は食べられません。

「流石琳」。ここは蕎麦もうどんも美味しい。料理もお酒も大満足。1月食べた野菜たっぷり+シャモロックのうどん鋤鍋が美味しかった。よる遅くまでやっているのも嬉しい。

それと、「流石ル蔵」。ここは最高の素材を炭火でさっと焼いて出してくれる。今回は、最初に美味しい八寸。ついで香り豊かな京都の小さな竹の子、アスパラ青、白、子鹿などなど。グラスワインも凄く美味しい。お値段はそれなりに覚悟を。何せ、同じビルの8階は寿司の「水谷」。でも、ボッタクラレ感は全くない。開店当初から行っているので、いつもその日の美味しい物をちょこっとカンター越しにいたずらっぽい顔をして渡してくれるのがまた嬉しい。

浜町の「かねこ」は、五拍子そろった名店。東京へ行く楽しみの一つになってきたが今回は、臨時休業で振られたのが残念。

築地の「文化人」も蕎麦、料理、お酒がそろっている。お酒はどぶろくが2,3種有るのが特徴。

日曜日六本木で、新しい才能を発見。
ヤクの取引でもありそな怪しげな雑居ビルの3階でのコラボ。
お客は、すべて二〇~三〇代。

その男は一人即興芝居 渡猛。
機会が有れば是非一度体験を。
型破りの落語家笑福亭べ瓶とのコラボに大笑いしました。

すっかり楽しんだのはいいものの、日曜日の晩はどこも美味しいところが見つからず、ホテル傍のラーメン屋で我慢したところ、その晩は悔しくて眠れなかった。
人生と食事は妥協したらあかんとこの歳になって思い知らされています。

その他上野「鈴本」では「古今亭文菊」のうまさにほれぼれ、漫才コンビの「ホームラン」も相変わらず楽しい。
岩波ホールの「火の山マリア」は、あまりなじみの無いグァテマラの大地に生きるインディオの親子の物語が、ずっしりと重く響く。それと、シアター風姿花伝でのソビエト崩壊後の姿を描いた演劇「対岸の永遠」。

一応仕事も2つほどしてきたんですよ。もっとも、上記のようにグリコのおまけが5,6個ついておりました。
スキーしてますか - と
2016/02/28 (Sun) 23:08:25
2月26日~28日今シーズン3度目の野沢へ行って参りました。晴れ神様のペコさん同行では無かったのですが、なんと連日晴天でした。これはとも晴れ神様の仲間入りできるかも。

26日、高岡は朝から湿った雪が降り続き、野沢は新雪かとワクワク。高岡の雪の中を、大坂から薄着の大ちゃんが高岡駅から約10分の道のりで事務所へ来訪。「どうしたんけ、その格好は」「いやー失敗しました。野沢から東京へ行くので東京仕様で高岡へ来てみたら、雪でした」「アッチャーご苦労様な」

今回は、スキーシーズンは週末予約至難の野沢の民宿「いけしょう」を、テニス仲間のカン君が押さえていて、それに便乗して大ちゃんと4人ででかけたのでした。大ちゃんは、スキーを終えたあと新幹線「飯山駅」から上京して、高岡で最近売り出し中の蕎麦屋さんの「竹の子」夫婦と蕎麦屋巡りをするので、かっこつけてきたらしい。

さてでかけた野沢。新井インターで、チェーンチェックを受けたのでこれは期待できるかと思ったのに、その先は雪が降らない。野沢は殆ど新雪が無い。高岡の雪は一体何だったのか。ほんとに今年の野沢周辺は雪が少ない。

野沢のスキー場は昨年散々楽しませてもらった深雪斜面は藪だらけでとても進入出来ない。

と言うわけで、これまで殆ど滑ったことがない、水無コースを滑って参りました。このコースは、静かで緩くて広い斜面が広がるまことに快適なコースなのです。ところが、このコースの最後には、牛首と名付けられた、細くて、コブコブの斜面が待ち受けています。コブコブをやっとこどっこいで降りていたら、へたくそなボーダーがカン君妻にニアミスをしてぶった押してゆく。更にコブを過ぎて、ようやく長坂ゲレンデと日陰ゲレンデの分岐点に到達したところ、カン君妻に、へたくそな爺スキーヤーがよろよろとぶつかってきて、転がって立ち上がってこない。スキー事故の原則は、交通事故と一緒で、追突事故は、上から来た人が全面的に悪いんですよ。ところが暫く立上がることが出来ずようやく俺が被害者だと言わんばかりに爺がやっとかって立ち上がって、去って行った後、はっと気づいたら、こっちはストックを折られていた。

土曜日後半と日曜日は大ちゃんと二人旅。スカイラインの下部のグランプリまで、ノンストップで行っていいですかと、大ちゃんが問う、あーいいよと答える。ところが彼のノンストップは、直滑降という意味だったのだ。わちゃわちゃになって追っかけてゆく。

日曜日は、野沢のジャンプ台で、全国高校複合選手権のジャンプ競技が開かれていたので、直ぐ傍で拝見した。ライブは凄い。ジャンプ台を滑り降りるスピードが迫力満点。飛び出したあと直ぐ落ちる人と、風を上手くつかんだ人の浮遊感が、素晴らしい。

とかなんとか有りましたが、3度目の野沢を愉しんで来ました。今年は、スキーシーズンが短そう、皆さん慌ててスキーしようまいけ。
Re: スキーしてますか - セリ人
2016/03/01 (Tue) 11:03:57
御無沙汰です。

ちょっと偉そうに言いますが、最近、ボーダーのマナーもだいぶ良くなってきて、かなりの上級者にもお目にかかれてきましたが、やっぱり無秩序な輩はおります!!

衝突は上から来た者が悪いってのは、ゲレンデの常識、そんな事も知らずに、ぶつかって不遜な態度、まったく許せません!!

今年は不幸な事故もおきてます。せっかく楽しみに行っているのに、被害者にも加害者にもなりたくないので、注意して滑りたいと思います。

あっ、今年はおバカなスキーヤーも多くて、バックカントリーでの遭難事故が多発してました。あれは、スポーツ店にも責任があると思います。ろくに滑れないバカたれどもに、あんな太い板を買わせて・・・、あんなんじゃ、誰でもちょっとした新雪、深雪滑れますから、それで勘違いして裏山に入って行って・・・。

セリ人チームは、今年は全然滑れてません。

正月は雪不足と風でスキーをあきらめ、善光寺参りに行ってました。
極楽も、27日が2回目でした。
こんなに滑っていないのは、40年目にして初めてです。
急遽、3月春分の日の連休に、八方合宿を計画しましたが、
雪解け早そうやし、下まで滑れなかったりするかも・・・。
厳冬期剱岳パート3 - と
2016/01/04 (Mon) 08:07:30
いよいよ下り、猿も木から落ちると言うように一時も油断でき無い。絶壁を後ろ向きで降りるのは、なんとも心地よくない。
とにかく、足がかりか、ピッケルの支えが外れると落下してしまうのだ。ザクッザクッとアイゼンを蹴り込み、前爪2本で全体重を支えてピッケルを斜面にたたき込む。たった10M程の斜面が、永遠に続くかと感じてしまうほど気持ち悪い時間。

難所獅子頭のトラバースは、しっかりした道になっていた。多賀谷さん「オー全部こっち通っとがい。」と少し自慢げである。

そんな中で、タケどんは、何とバッテリー持参であちこちで動画撮影。これも帯津医師の言う中高年に役立つ異性パワーに違いない。こちら方面には余りご縁が無い多賀谷さんととはお互い顔を見合わせて頑張らんなんねというしかない。
静止画や動画を送る度に的確なコメントが入ってくる。
「オー天空を行く登山家、眩しい」などとしびれるようなコメント。その昔、厳冬期剱岳をパラパントで飛んだタケどん。しかし、気分は今回の方が高く舞い上がっているに違いない。

おっと、そんなことに気を取られていてはいかん。まだまだ難所が続く。多賀谷さんに確保された下りを何回か繰り反し、ピラミッドピークのトラバースを過ぎて漸くザイルが外れた。

折から夕陽が、前方左側からさしてきて何ともいえないいい雰囲気になってくる。神々しいと言うのは、こんな時の為の言葉だった。剱本峰方面や、小窓尾根方面や遠く白馬方面がピンク色に染まる。剱と赤谷山の間の白禿がちょこっと顔を出しているのが印象的である。
この年の12月は下界からも、何度かピンク色に染まった剱、立山連峰が望めたが、それは数十キロの距離を経ての光景である。今はピンク色のど真ん中にいる。
前方には、雲海が広がり、逆光の中先行する多賀谷さんとMさんが一服の絵である。Nさんがこれは絵になるとバシャバシャシャッターを切る。とは残念ながらバッテリー切れ。寒いので、懐に入れていてもあっという間だ。

夕闇が迫る頃、ようやく小屋に辿り着いた。小屋から「おーい多賀谷、こんなおそーまでなんしとっがい」と声がかかる。「オー雪遊びしとったがいちゃ」と多賀谷さん。声の主は、年末の小屋の常連ジンさんだった。この人を始め、この時期小屋の名物人が集まり、独特の人間模様を繰り広げる。
小屋までと言う人も多い。小屋までといっても、食事は出ないので全部自分で担ぎ上げてこなければならずそれなりに大変である。前日は、我々5人とH大学O.Bの4人だけだったのに、この日は、一気に膨れあがっていた。ジンさんは、小屋番の様にあちこちで声を掛けている。とが毎年ご苦労様なと言うと、「いやーここしか行くとこないがいちゃ」と破顔一笑。

先ずは、登頂を祝して缶ビールで乾杯。この日の夕食は、スパゲッティペペロンチーノ。多賀谷さんこれが大好物なのかてんこ盛りにする。それだけ彼も食欲が回復してきた様で喜ばしい。翌朝は、餅入りスープ。これで分担して担ぎ上げた食料は使い切った。あとは馬場島への下りのみ。

この日の下りでも、数々の再会があった。正月の登頂を目指して続々登ってくるのにはびっくり。
先ずは、1900M付近にテントがあった。多賀谷さんが「おー高岡か」と声を掛ける。なかから「オー」と聞き慣れた声。毎年剱に通っているKグループだった。K君が一升瓶を手にして、顔なじみのタケどんや多賀谷さん、となど全員に「こんなうっまい酒ないがい、おーのめま」と酒を振る舞う。前夜隣に福岡の大学山岳部O.Bと大宴会をしてお酒を交換したという。

暫く下ると、最近東京から郷里の富山に戻って大活躍の山岳ガイド本郷さんが、美形の女性を伴って四人で登ってくる。TV関係者のよう、しっかり重い荷物を担いでいる。タケどん後ろの二人の男性に「あんたらっちゃもうちょっこもってあげんかい」などと声を掛ける。あんたが荷物かついでもう一回上がってきたらどうだい。

1700M付近では、地元上市峰窓会のグループ。更に下って1600Mでは、岡山の近藤ガイドグループ。近藤ガイドは、会うなり、独演会を展開。この人の語りはまるで機関銃のよう。そのうちボルボの悪口を延々と語る、そのボルボはタケどんの愛車なので、たけどん苦い顔。それを察して多賀谷さんが、「タケどんはボルボながいけど」とブレーキを掛けようとするが止まりそうもない。今は70才とか。身体はどっちかというと小柄であるが、何処にあのパワーが潜んでいるんだろう。海、山なら何でもござれの遊びの天才。

漸くブナ林の松尾平について、最後の名残を惜しみながらゆっくり下った。馬場島の「試練と憧れ」の碑に、皆で今回の山行の成功と無事に感謝して手を合わせた。

馬場島に戻り、荷物を整理していると、さっきまで、テントでうだうだ酒を飲んでいたKグループがあっという間にやってきた。恐るべしアルコールパワー、K君「おー、と君ビール飲んだがか、来年頂上までゆっからの」。きっと我々を追い越すぜという親分のかけ声で早駆けしたに違いない。

さて山はここで終わりではない、馬場島から車をデポしたい伊折まで約9キロの道が待っている。これがとにとって究極の罰ゲーム、ぐらぐらの登山靴での山スキーであちこち痩けて悪戦苦闘しながら、ほうほうの体で伊折にたどり着いたのでした。

さてさて冬山初心者のとが、幸運にも二回目の挑戦で冬の剱岳に登頂することが出来た。これもひとえに剱岳を知り尽くした多賀谷ガイドのリードのおかげである。また他のメンバーが60~70才の中で、一人30代で重い荷物を荷揚げし、またラッセルが一番厳しかった1700M付近から2200Mまでスノーシューでラッセルするなど何かと多賀谷さんをサポートしてれたN君の働き無くしては届かなかったかも知れない。またリーダーのMさんの剱岳に賭ける愛情と執念がこのチームの原動力であり、毎度の如く食料を一切調達して、更に鍋奉行を務めてくれた。さてタケどんは、冬の剱岳の初登が単独という猛者である。その体力は動物的であり、そのうえ今回は格別のときめきパワーを得ている。このようなメンバーのおかげで、とは馬鹿殿様の大名旅行気分で、冬の剣岳登頂ができて、神様の世界を垣間見ることが出来た。ここに厚く感謝したい。
また先行した2グループがラッセルしてくれたおかげで随分助かった事にも感謝しておきたい。(おしまい)
Re: 厳冬期剱岳パート3 - Mさん
2016/01/04 (Mon) 13:37:27
日本海に屏風のように聳える剱岳、それだけに世界で類を見ないほどの豪雪です、様々な条件が揃わねば真冬の登頂はできません。

それでも毎年通い続けておれば、時に山は微笑んでくれます。と先生を迎えて我が隊9度の挑戦で3度目の登頂を果たせました。本当に嬉しく皆様に感謝です。

でも本当の冬の剱岳の魅力、それはと先生も気づいておられるように・・

この時期だけ馬場島荘・早月小屋に常連の名物人たちが集い、一緒に力を合わせてラッセルし山小屋を目指します。小屋では語らい、酒を飲みかわし、独特な人間模様が繰り広げられます。

今年もこんな濃密な仲間の中に身を置きたい、自分を感じ、新しい年へのパワーとしたい・・厳冬期剱岳登山にはこんな熟年の切ない気持ちが込められています。

劔の名物ガイド多賀谷治を擁して毎年通う我が隊は、いつしか名物男たちの中心になっています、そしてと先生もその欠かせない男にデビューされました。数少ない登頂メンバーになられたのですから。おめでとうございます。

ユーモアあふれる厳冬剱岳登頂記をまとめていただき、我が隊の大切な記録となりました、ありがとうございました。
Re: 厳冬期剱岳パート3 - かおり
2016/01/04 (Mon) 14:00:30
とさん,厳冬期剱岳登頂おめでとうございます!すごい,すごいです!!
大晦日,せっかくまだ身体から湯気がでている(!?)登頂翌日のとさんにお会いできたというのに,私は蕎麦屋の厨房できりきり舞いをしており,ゆっくりお話できなかったことが悔やまれましたが,想像を超えた冒険の記を読ませていただき,神様の世界に思いをはせております。
ときどき登場するたけドンさんのエピソードに大笑いしつつ,あわやという場面ではヒヤリとし,「今はピンク色のど真ん中にいる。」という言葉にじーんときました。
晴れた日には富山湾越しに姿を現す剱岳,とさんの目にはこれまでとまったく違って映ることでしょうね。素敵な冒険記をありがとうございました。
Re: 厳冬期剱岳パート3 - きはら
2016/01/05 (Tue) 10:21:08
だいたい、いつもとさんの冒険期にはドキドキハラハラが付き物なんだよなー(笑)。

お正月に送っていただいた美しく神々しい画像の裏に、とさんの遊び心溢れる努力、そしてやサポートしてくださる方々のご苦労が隠れていることが伝わってきました。

そして、体から湯気が出ている状態で、蕎麦を湯がいて湯気が立ち込める蕎麦屋で年越し蕎麦。

最後まで遊び心を忘れないところがさすがです(笑)。

ぜひ、今シーズンも野澤さ温泉ででもお会いしたいです~ヽ(^o^)丿
上昇志向 - ぺこ
2016/01/03 (Sun) 11:35:15
常に一番を目指し、今日まで上昇志向で生きてきたとじぃさんです。
知り合って以来、「足元をよく見て!」と何度いつたかしら?
とさんが悪いのではないがいちゃ
真綿にくるんでおんぶに抱っこで六人の女性陣に取り巻かれて育ったおかげなのでござるわいな。
ガイドさんがいてくだはれての登頂成功、改めておめでたい!
どんな時も選ぶべきは、おっしょうさん
たびの間に、読んだ本は「師父の遺言」松井今朝子でした。
厳冬期剱岳パート2 - と
2016/01/02 (Sat) 19:11:51
前日は、Mさんの用意してくれた牛肉、ネギたっぷりのすき焼きで鋭気を養った。小屋に到着後あっという間に夕食準備が出来たとお呼びがかかるが、とは某所で、永遠にゼロにならない世界で奮闘中。下には綺麗なウォッシュレットがあったのに、催さず荷揚げしてしまっていたのだ。とかくこの世はママならぬ。

アタック日は、中華料理店顔負けの餅入りラーメンで腹ごしらえ。おかげでこの日殆ど飲まず食わずで、頂上を往復することが出来た。
日頃家では、ぽこさんぺこさんの手作り料理で上げ膳据え膳、山でも馬鹿殿様のように上げ膳据え膳。数年前タケどんとウィスラーへスキーに出かけた時は、シェフタケどんにお任せで、配膳と皿洗いにこれつとめた。この上なく結構な事だが、これらがなくなった下山後の環境は、クマちゃんが食事を用意してくれるわけではなく、具無しインスタントラーメンの日々。幸い冷蔵庫にポコさんが、黒豆、赤豆、煮物、卵焼き、栗きんとん、棒鱈を用意してくれていたので、それで、正月気分を味わっている。冷凍庫には、いろんな一夜干しが。
それらを一人でと言うのはわびしい。
連れに先立たれると、男はあっという間ということが、しみじみ理解できる今年の正月である。

さて、アタック日は4時半起床で身支度を調える。Mさんから前日上はめちゃめちゃ寒いし、風で着替えなんて出来ないので、着込んで行くようにというアドヴァイスを頂いた。衣類は乾燥室で、ばっちり乾かしていたので、気持ちがいい。とのこの日の不安は、指先の冷たさである。前日午後から急に気温が下がり、指先がしびれてしまっている。
手袋は、プロガイドと銘打った最強の製品の筈なのに、どうも多賀谷さんの話を聞くと、何重にも重ねていると血行が悪くなって逆効果になるらしい。とは、どうもウールの手袋を余分にしていたようだ。多賀谷さんやタケどんは、コンビニやDIYで何百円で買ってきた手袋で小屋まで来ている。彼らもここから上はウール+ミトンなどをばっちりしている。とはこの日は中間のウールをやめてみたが、これが正解だった。そう言えば前夜多賀谷さんがガイド試験を目指すNさんに道具は新製品に惑わされずにいいものを自分で考えて選ばにゃだめだじゃと言っていたっけ。

6時40分過ぎ小屋前出発。小屋前のテントからは既に出発している。更に上部の2600M付近にもテントがあって、そこのメンバーはもっと上部に達している。
歩き出している内に頂上もスッキリ見えだす。左手には、やや離れて毛勝三山、手前に小窓尾根、剱尾根が重なるようにして上部に伸びている。右手は大日の尾根筋。2400M付近で、ストックをデポして、ここからはピッケルで行く。
2600M付近で、5人がザイル。先頭は多賀谷さん、しんがりはN君。とはまん中で、上り下りで、世間の中間管理職の苦労を味わうことに。
ピラミッドピークと呼ばれる地点を池の谷側をトラバース。カレンダーの一枚は、タケどんがこの上部から撮った青と白のコントラストが際だった一枚。
昨年は、ここまでラッセルの連続で結局2700m付近で断念したとのこと。今年は幸い雪が少ない上先行者が約20名いたので、ラッセルが無いのが助かる。
とのような冬山初心者がこんな冬の剱岳の核心部を味わえるとは。多賀谷ガイドとベテランの同行者に感謝感謝である。これまで味わったどんな山の世界とも違う美しさがある。しかも日陰はともかく日の当たるところへでると暖かみを感じるような滅多に無い好条件。

2800Mを過ぎていよいよ難所の獅子頭にさしかかる。夏は鎖伝いに岩棚をトラーバースするところ。先行者が岩の上に上がって、ロープで同行者を確保している。ここで、多賀谷さん岩を登らず、下部を巻いてトラバース。どうもこちらの方が夏道らしい。合図に従い先頭のMさんが、トラバース開始、とも続いたと思ったとたん足下がなくなり、慌ててピッケルを打ち込み、アイゼンを蹴り込む。
後ろのタケどんがばっちり確保してくれたので幸い直ぐに戻ることが出来た。下手すると、1000m下の池の谷まで滑落して永遠の眠りにつくところだった。さすがヒマラヤ8000M男は頼りになる。10年くらい前に数名が滑落したのもこの地点という。少し行くと夏の鎖が露出しているので、鎖に捕まりながら、懸命に多賀谷さんの確保地点まで到達した。

しかし、頂上までの難所はまだまだ続く。夏ならずっと鎖伝いに行くところ。今は自分の手足だけが頼り。雪が少ないので、壁の所々岩が露出して雪、岩、氷ミックスのところも。とは生まれて初めて、アイゼンの前爪2本だけに全体重を掛けて、ピッケルをハンマーのように打ち込む上り下りを体験した。
多賀谷さんがロープで確保した箇所は5,6箇所もあっただろうか。

別山尾根コースとの分岐点の目印下に人がたまっている。そこが最後の難所で、ロープ確保をしながら人が降りてくる。
その難所を登り切ると、頂上まではビクトリーロードだった。
360度遮る物が無い。しかし風が猛烈に強い。記念写真一枚取って早々に先ほどの難所地点に戻る。とはここで漸くカメラを取り出して、あっという間に無くなったバッテリーを交換してギザギザの別山尾根コース越しに立山を撮る。斜めから見る立山はかっこいい。
Re: 厳冬期剱岳パート2 - Mさん
2016/01/03 (Sun) 10:20:00
真冬の劔岳 ”これまで味わったどんな山の世界とも違う美しさ!” こんな風に感じていただいて嬉しいです。

それにしても、2800m獅子頭での《滑落未遂事件》一生の不覚でしたね・・

それは滑り落ちそうになったことではなく、後ろのタケどんにほんの少しザイルテンションを掛けたことが・・

登頂を終え早月小屋・馬場島荘でタケどんは何度も何度も・・
『と先生の足元が崩れ池ノ谷に滑り落ちていくのを俺がガチッと止めたんだぜっ!凄いテンションだったんだからっ!』・・

これからもずぅ~っと語られることでしょう

と先生の名誉のために、前にいたMの冷静な判断を述べておきましょう。

獅子頭の斜面、足元が崩れそうな危険なトラバースでした。と先生が急斜面をずり落ち、私にもザイルテンションがジワッとかかり足元が崩れる危険を感じたのは事実です。

でも先頭では多賀谷ガイドが確保しており、池ノ谷へまっしぐらはなかったでしょう、タケどんにそんな凄いテンションが掛かったとも思えませんが・・

ではでは、又のつづきを楽しみにしております。





 
バリからおめでとうございます - ぺこ
2016/01/02 (Sat) 20:11:36
ハロー。
バリ島から、皆様あけましておめでとうございます。どうぞ今年もよろしくお願い致します。

年末は恒例になっているカウントダウンコンサートで賑やかに花火が打ち上げられるなか、豪華なフルコースと共に供される高級なワインのグラスをズラリ並べて乾杯を重ねて新年を迎えました。

元旦は鳥の声だけが聞こえてくる長閑な幕あけ、ウブドの谷の向こうには、猿の親子がかけはしっているという縁起のよさ!

丑三時にホテルを出発した元気組三人は、明け方の四時から登頂を始め、晴天に恵まれたバトゥー山の頂上で日の出を迎えて無事下山しました。おめでたい(^-^)

連日、ナシゴレン、ミーゴレン、ババグリン等バリ料理やマンゴージュースをみんなで食べ尽くし、夜にはバロン、レゴンダンス、ケチャダンスを鑑賞して、どっぶりバリ文化を楽しんでいます。

泳ぎの大好きな孫たちと朝に昼にブールを楽しむ毎日。
明日も最後の一日を、泳いで食べて買物して観光もこなし日本へ帰国の予定です。

サラマティンガル(^-^)